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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

『鼓直句集』水声社

この鼓直とはかのラテンアメリカ文学の翻訳者、鼓直である。〈わが胸の流氷もまた軋みおり/鼓直〉春への兆しに音を立てて軋む。〈花冷えと言うひとの手のぬくさかな/鼓直〉そんなことを言う人が隣にいるあたたかさ。〈石垣を喰い破ったか鬼あざみ/鼓直〉咲いた場所の特異さ。でもそもそも鬼だったか。〈単線の青葉涼しき独り旅/鼓直〉車窓に触れる青葉、独り旅もまた楽しい。〈艶然と玉虫吊るす女郎蜘蛛/鼓直季重なりだけど女郎蜘蛛優勢。玉虫を盗賊の蓄えた宝石のように描く。〈沢蟹の影も染まりて紅葉谷/鼓直〉過剰な比喩がいい。〈街までは遠しと聞けば秋の雨/鼓直〉峠の寂しさ。〈寒林に大きな犬の消えし朝/鼓直〉幽明境が寒林に開いた。〈闇汁をこぼしたような夜の道/鼓直〉きっと道はべとべとしている。

鳥の音を追うて細りし山路かな 鼓直