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アニメ絵って、大雑把でいいんだろうという、息を抜いた考え方が分かるスタッフには、憧れます。それは記号論理学というところに帰結しますから。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
- 富野由悠季、するどい。
- するどい人は集団のなかにいると病む。
- 空間の同一性と映像の劇的変化
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物語にあった"連続する映像のなかに現れる視覚的変化の連続性"が観客におもしろさを感じさせ、それがまた物語のおもしろさを導くことになるのです。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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物語る過程(プロセス)=語り口を発揮したもの(スタイルの発見)(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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正義の見方は左から入ってきて、右からきた悪漢をやっつけて、勝ったときに左に向いて右手に立ち、本当に強い人になる。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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右から来るものに対しては寛大です。右利きなら受けやすいということも原因しているでしょう。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
- 農夫ikkaru
- 丸山零
- 怒らなかったら失礼なこともある。
- 読書欲は脳がここを鍛えて欲しいと訴えているので従えべし。
- 比較して自然な流れの方を「べし」と言うこと
- 「そんなんじゃダメだ」と言ってもムダ、相手が理解するのを待つ
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演出とは、文字で書かれたドラマをカット(映像の断片=ピース=ショット)の積み重ねで、感動的に表現することです。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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劇的な事件は、劇的なのです。特別なのです。特別であるから、表現して他人に見せる価値があるはずなのです。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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苦労しただろうな、と見えるものは、作品としての高みに至っていないのです。(富野由悠季『映像の原則』キネマ旬報)
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私たちがパフォーマーという「図」を見ていると、その後ろに広がる風景は「地」として機能し、反対に風景という「図」を見ていると、パフォーマーは「地」となる。すなわち、私たちは何かを見ないことで別の何かを見ることができる。パフォーマーがいるからこそ、私たちは風景を見ることができるのだ。(石川祥伍、静かな、しかし劇的な風を待つこと:『風景によせて2024 -かざまち-』によせて)
- ポエジー/野村喜和夫
- 語弊と詩幣
- 池上冬樹
- 今田ずんばあらず、浜松で僕は地元の香りを嗅いだ。#ポエデイ 前夜
