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自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。(坂口安吾「堕落論」『堕落論』新潮文庫)
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ヨルダンのPVのアフマド・ジョブラーン館長(30)は「万博会場で隣にいれば、私たちは同じ人間で、同じように痛みを感じると分かる。これまで分からなかったのは距離のせいだったんだ、と。虐殺や戦争をやめようという気持ちになるだろう」と述べた。(平和を希求する万博 ガザ、ウクライナ「私たちは同じ人間」、毎日新聞)
- 距離、移動の社会学
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彼らはすでに人間性の疎外と、民族的疎外の問題を、フィクションの上に置かざるを得なくなっている。(三島由紀夫「反革命宣言」『文化防衛論』ちくま文庫)
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われわれは疎外を固執し、少数者集団の権利を固執するものである。(三島由紀夫「反革命宣言」『文化防衛論』ちくま文庫)
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反革命は、革命行動の単なる防止ではない。反革命は革命に対して、ただたんなる暴力否定をもって立ち向かうものではない。なぜなら、暴力否定は容易に国家否定に傾くからである。(三島由紀夫「反革命宣言」『文化防衛論』ちくま文庫)
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では、その少数者意識の行動の根拠は何であるか。それこそは、天皇である。(三島由紀夫「反革命宣言」『文化防衛論』ちくま文庫)
- chatGPTのジブリ風加工は作品が文化という過程をすっ飛ばして文明となれる可能性を示す。
- BAR人民の敵、高円寺
- 複製されないためのデザインは貨幣のためのデザイン
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戦時中の現象は、あたかも陰画と陽画のように、戦後思想へ伝承されている。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫)
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ものとしての文化への固執が比較的稀薄であり、消失を本質とする行動様式への文化形式の移管が特色的であるのは、こうした材質の関係も一つの理由であろう。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫)
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かくて言論の自由が本来保障すべき、精神の絶対的優位の見地からは、文化共同体理念の確立が必要とされ、これのみがイデオロギーに対抗しうるのであるが、文化共同体理念は、その絶対的倫理的価値と同時に、文化の無差別包括性を併せ持たねばならならぬ。ここに文化概念としての天皇が登場するのである。(三島由紀夫「文化防衛論」『文化防衛論』ちくま文庫)
- ↑これはひとつの筋
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荒ぶるつわものが忌み嫌ったものは、黄昏であり菫である。黄昏は辺土の先の暗黒を予兆するゆえに、菫は辺土にひろがる虚無の空の色を暗示するゆえに。(「荒ぶるつわものに関する覚書」『時里二郎詩集』思潮社)
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次の便でやってくる言語採集船に許可すべきことばの総量について(「島のことば」『時里二郎詩集』思潮社)
- 時里二郎の半島
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ことばは《陸》のものである。(「《Peninsula》あるいは、半島詩論」『時里二郎詩集』思潮社)
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一方、詩は《海》であると言った。《海》はことばを拒む。ことばは人が陸に上がってから身につけたのものだから。(「《Peninsula》あるいは、半島詩論」『時里二郎詩集』思潮社)
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詩のことばは、《海》につながろうとする。ぼくたちが《ポエジー》と呼ぶものがそこに生じる所以である。(「《Peninsula》あるいは、半島詩論」『時里二郎詩集』思潮社)
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詩は、《島》=行分けスタイルに固着する必要はない。(「《Peninsula》あるいは、半島詩論」『時里二郎詩集』思潮社)
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蓋し、半島は、半分、島であり、また陸の成り余れる部分と言える。そうした両義性こそ、ことばのPeninsulaの辺境性が、世界像を映す無数の鏡面の破片をきらめかせる光のことばを生むはずのものであるとぼくは信じている。(「《Peninsula》あるいは、半島詩論」『時里二郎詩集』思潮社)
- 森のことば、ことばの森、時里二郎
