以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

「先生からの手紙」『田中裕明全句集』ふらんす堂

浜松市立図書館はすでに全館休館となった。多くの飲食店が浜松市からの休業要請を受け五月六日まで営業を自粛する四月二十五日、「先生からの手紙」部分を読む。〈掛稲や音楽会の重き幕/田中裕明〉緞帳の重さにも似た掛稲の豊かさ、芸術の秋でもある。〈暗幕の向うあかるし鳥の恋/田中裕明〉とともに明暗の対照がある。〈海山の神々老いぬ蒲の絮/田中裕明〉蒲の絮の色が老神、川沿いで海神と山神とが出会う、〈神々の老いて雪しろ流れけり/田中裕明〉もまた水際。〈みづうみをこえて雨くる春田打/田中裕明〉浜名湖を西に控える浜松駅南の田園地帯なんかがその景だけれど遠江じゃなくて近江の琵琶湖かな。「みづうみをこえて」が景の広さを伝える。〈をさなくて昼寝の國の人となる/田中裕明〉体力のない乳幼児は一日二回は昼寝する、それは別の国の人となったかのような眠りっぷり。〈初しぐれ京の町屋に学者ゐて/田中裕明〉数学者だろう。初時雨は素数か。〈遺句集といふうすきもの菌山/田中裕明〉菌山は故人へのやさしさ。〈俳諧に大作のなし懐爐燃ゆ/田中裕明〉懐炉のいつまでも続くかのような生暖かさは俳諧の楽しみに似て。〈夜学子のまたふにやふにやと送り仮名/田中裕明〉漢字をくっきり濃く書いたからこそ対照的にふにゃふにゃになる送り仮名。〈蟻地獄赤子に智慧の生れけり/田中裕明〉人の智慧の有り様は漏斗状にすべりおちる。〈白靴の結び目なんとなく大き/田中裕明〉新しい靴紐の結び目はまだ大きい。白の映える大きさ。〈姉の音妹の音夜は長し/田中裕明〉姉妹の住む夏の家という色彩がある。〈角砂糖ゆっくり溶ける芝火かな/田中裕明〉雪解への連想を含んだ角砂糖の融解と芝の燃焼するおだやかさ。〈蓼の花玩具はすぐに暗くなる/田中裕明〉玩具であそんでいると時間がたつのが早く感じられ、すぐにあたりが暗くなるということか。いや、蓼の花のうちにある暗さと玩具の自然な色の暗さとの相関か。

鱚食うて黒きネクタイしめなほす 田中裕明