とてつもない日、『静物』を読む。〈ひとたばの芍薬が網だなにあり 下なる人をふかくねむらす/小池光〉網棚の芍薬がその下にいる人の眠りに作用していると思わされてしまう。〈チェルノブイリ「石棺」の壁をつたひゆく蔦の青葉よ 青の根源/小池光〉ウランの光の青さを思う、青の根源は地球物質の根源だろう。〈草色の昭和戦車とすれちがふ川のほとりの径ゆきつつ/小池光〉亡霊の運転する豆戦車だろう。この草色は〈フィデル・カストロかくも老いたり草色の戦闘服を美しうする/小池光〉にも通じる懐旧。〈マネキンをはだかにしたる青年がふともいまはの壁の中に消ゆ/小池光〉叙述トリックのような都市の風景。〈野鳥のいのち三年くらゐといふはなし ねむりの際に反芻しをり/小池光〉三年の間に野鳥は何を楽しみ何を悲しみ何を考えるのか、考えると眠れな、眠れる。〈意味ありげなる電信ばしらが立つてゐてそれはもう国境のかんじ/小池光〉意味はある。でも、その意味は電信柱としての意味ではなく墓標としての。これは〈木の電柱かぼそく立てるところ過ぎ養蚕小学校遠からず/小池光〉〈銀杏が傘にぼとぼと降つてきて夜道なり夜道なりどこまでも夜道/小池光〉銀杏臭さという永遠。〈のつそりと出湯をあがり心臓をおもむろに革バンドで吊る男/小池光〉なんというか、おおらかなる型通りの仕草。〈巻尺が一瞬にびゆんと巻き取られそののちしづかなるかたつむり/小池光〉一騒動のあとかたつむりの沈黙が可笑しい。