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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

江里昭彦『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』弘栄堂書店

俳句が共感を皮にかぶった違和感だとしたら短歌は違和感を皮にかぶった共感だろうか。〈富士はいつも富士削りとる風のなか/江里昭彦〉何千年も何万年もかけて平地へ戻される。〈ピアノから手首はみだし芒原/江里昭彦〉その手首はかつてピアノを弾く手であった。今はもう違うけれど。〈夕焼や空のどこかに挽肉機/江里昭彦〉血の色と終わりの予感。〈擾乱鎮圧後の都市の皮下出血/江里昭彦〉まだジクジク痛む都市。〈桜咲く死者の性欲遂げられて/江里昭彦〉花の噴きでるようにして遂げる。〈汗は黄金よ王の処刑で終わる劇/江里昭彦〉黄金は「きん」とルビ、汗は王の汗でよいけれど、可汗の汗とも読んでいい。〈産卵のはげしき雪の帝都かな/江里昭彦〉いろいろな思想の種が植え付けられている帝国という多様性。〈頭を砕き取りだすさくらの花一片/江里昭彦〉頭は「ず」とルビ、未生以前から頭には花一片が入っていた。〈囀りや魔羅を浄めるひとの口/江里昭彦〉鳴く機能を持つ口と浄める機能を持つ口と。〈バスタブに残る体毛ホテル去る/江里昭彦〉残心のようなもの。〈秋風や背に恋人のうすあぶら/江里昭彦〉背筋に指紋がついたのだ。夏の思い出として。

草競馬グラムシに肖たる男もいて 江里昭彦