- 原始感覚美術祭
- ペトロ・カスイ岐部神父 | カトリック東京大司教区
- 文語の「けり」はただの過去の助動詞ではなく回想・想起の助動詞
- 訂閱《聯合文學》實體雜誌 unitas
- 私性論でも、〈われ〉でも〈なんじ〉でも〈われわれ〉でもない、読者をも介する作中主体観である「あいだの主体」へ
- 髙橋みずほ[現代短歌論]表現主体と作品上の〈われ〉
- 西巻誠ニューウェーブの再検討をめぐって―荻原裕幸と物語的作中主体―(初出:「短歌往来」2009年1月号)
- 短歌にとっての〈語り手〉
- 浅野大輝短歌は〈わたしたち〉の文学である
- 司牧的配慮
- 短歌時評第211回「短歌の風景」
- 〈「倒します」一人が言えば「倒します」「倒します」「倒します」夜行バス/白川ユウコ〉(『ざざんざ』六花書林 )ファミコン的世界かと思いきや夜の高速道路へ。脚韻も効いている。
- 〈コロナ禍に看板あまた毟られて鍛治町さびし肴町さびし/白川ユウコ〉(『ざざんざ』六花書林 )確かに市役所のホームページは鍛冶町ではなく鍛治町を使う。
- 鮑照
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しかし彼は存命中あくまでも科学者であって、職業的な詩人ではなく、詩人として評価されたのは死後かなりの年月を経てからであった。(黒柳恒男『ペルシア文芸思潮』東京外国語大学出版会)
- ↑オマル・ハイヤーム
- サーデク・ヘダーヤートの文学サークル「ラブエ」4人組、ルバイヤート四行詩と語根は同じか
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現代イランの小説は長編とはいえ百数十頁の比較的短い小説が主であるが、一九六一年それまで全く無名の存在であったムハンマド・アリー・アフガーニー(一九二五―)が約九百頁に及ぶ長篇小説『アーフー・ハーノムの夫』を発表してイラン文学界にセンセイシャンをまきおこし、多くの文学者、批評家の注目を浴びた。(黒柳恒男『ペルシア文芸思潮』東京外国語大学出版会)
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「design」は本来、日本で誤解されているように、あるもののかたちを作品的または商業的につくる仕事ではない。あるもののあり方を考えるところから、そのあり方に則したかたちを成すまでの仕事が本当の「デザイン」に当たる。(廣瀬俊介『風景資本論』朗文堂)
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俳句は文学の一部なり。文学は美術の一部なり。故に美の標準は文学の標準なり。文学の標準は俳句の標準なり。即ち絵画も彫刻も音楽も演劇も詩歌小説も皆同一の標準を以て論評し得べし。(正岡子規「俳諧大要」)
- クルド人の分離主義国家マハバード共和国の初代大統領カズィー・ムハンマド
