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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

野口あや子『眠れる海』書肆侃侃房

右袖がひどく濡れた日、野口あや子『眠れる海』書肆侃侃房を読む。〈凍えつつ踏まれたる鉄片ありてそういうもののなかにきみ住む/野口あや子〉凍え、踏まれても弱音ひとつ吐かないきみの生き様を歌う。〈うけいれるがわの性器に朝焼けが刺さってなにが痛みだろうか/野口あや子〉「うけいれるがわ」「性器に朝焼けが刺さって」の比喩が強い。「なにが痛みだろうか」はなにも痛くはないのだという叫びとして。〈眠るあなたを眠らぬ私がみていたり 糊を薄めたように匂って/野口あや子〉匂いというのは空気感でもある。薄糊のように粘りつくような寝室の空気を描く。〈名を呼べば睫毛の先より身をひねり光沢を刷くごとくほほえむ/野口あや子〉「睫毛の先より身をひねり」は、あたかも睫毛まで筋肉が通うかのごとく動く。〈てのひらに硬貨とピアスにぎりしめ階下に買いに行く冷えた水/野口あや子〉「ピアス」の意外性が、たぶん夜道の自動販売機の照明に光る。

うけとりし扇の骨の二、三本ひらきてとじてここはゆうやみ 野口あや子