以太以外

空の色尽きて一月一日に/以太

所以217

  • ネグリによるマルチチュードの定義:さまざまな特異な差異からなる多数多様性を示すとともに、そのようにつねに多数多様でありながらも共同で活動することのできる、絶対的民主主義の構成主体のこと。
  • multitude/multitudo
  • だが私たちはこう信じている。彼らには闘争の外部にいる人びとよりもはっきりとしたヴィジョンがあり、そして彼らはおのおのが置かれた特異な状況やローカルな闘いと〈共〉をめぐるグローバルな闘争とを矛盾なく繋ぎ合わせる、ことができる、と。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 運動はリーダーを立てる代わりに、組織化のための水平的なメカニズムを発展させていったのである。それらの運動は、指令部を立ち上げたり、中央委員会を作ったりすることなく、昆虫の群がりのように拡大していった。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 代表制の拒絶とそれに代わる民主的参加の基本構想の構築
  • 負債は人びとを管理する。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 負債の効果は、労働倫理のそれと同様に、休まず精を出して人びとを働かせることにある。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • ドゥルーズは言う。多くの場合、私たちに必要なのは、情報やコミュニケーションではなく、思考に必要な沈黙である、と。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 換言すれば、政治的行動と解放の問題にとってもっとも重要なのは、情報、コミュニケーション、表現の量ではなく、むしろそれらの質なのである。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • たえ間なくメディアに注意を奪われた主体性(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 監視の客体であると同時に主体でもある私たち
  • 失業の恐怖
  • 代表制が実際には民主主義を媒介する手段ではなく、民主主義を実現するうえでの妨げになっているということ(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • カール・シュミットが指摘するように、代表するということは、不在を現前化すること、つまり実際には存在していない〔=誰でもない〕者を現前化することを意味する。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 代表された者は、他の主体形象と同じようにごまかしや神秘化の所産である。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 負債の返済を拒絶する目的は、貨幣の権力と、貨幣が創り出す束縛を粉砕すると同時に、新たな紐帯と新しい負債〔=恩義〕の形態を構築することなのである。そうすることで、私たちはますます互いに恩をほどこし合い、金融による束縛ではなく、社会的紐帯によって結ばれるようになるのだ。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 社会的紐帯のための詩幣という思想
  • ネットワークを形成し、そのなかで能動的にコミュニケーションを交わすことができるようになるためには、まずあなたが特異性に生成変化しなければならない。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • けれども実際に拒絶し逃走できるのは、あなたが自分の力能に気づくときだけである。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • マジョリティは、均質な単一集団にも、同意にもとづく集団になることはなく、諸々の差異を連結したものとなる。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 諸々のマイノリティの保護は、分離することによってではなく、プロセスに参加する力をあたえることによってなされる。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 〈公〉から〈共〉へ(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 共 il commune
  • 潜勢力 potenza
  • 共民、コモナー
  • 異なる社会集団は、闘争の過程で、おのおのが特異性として互いに作用し合いながら、相互の交換を通じて、啓発され、鼓舞され、変容させられるのである。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • それらの集団は、闘争の外部にいる人びとにはたいてい聞こえなかったり、理解できないなかったりする低い周波数で〔=声を落として〕、互いに語り合うのだ。(アントニオ・ネグリ他『叛逆 マルチチュードの民主主義宣言』NHK出版)
  • 展示や作品を目的とせず、企画によって社会を標的とする。
  • マルクスにとっては、技術とポエジーは切り離せないし、ポエジーは最終的に存在の余白へと押しやられはしない。ポエジーは隅っこにあるようなものであるどころか、反対に、生産(そして、生産への指令〔comando〕、すなわち搾取)によって課される諸条件にたいする、生きた労働の超過を表現する。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 行為することのただなかから美の実践を実現する作用としての、詩学だけが、存在し、生起し、存続しうるということなんだ。どんな言説も美の実践を描き出すことができなくなる――詩学の性質をもつ言説だけが、自己表現しうることになるんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 詩学は、存在論的潜勢力に、すなわち、抽象が具体化するための道具になるんだよ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 芸術とは集団的労働であり、そのマチエールは抽象的な労働である、ということだ。労働の脱人間化において、芸術もまた実現されつつあった。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 芸術とは、だから、集団的労働の生産物のひとつだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 集団性がなければ生産はない。言語がなければ話〔parole〕はない。精算と言語とがなければ芸術はない。芸術とはなによりもまずこの綜合なんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 芸術が剰余価値から区別されるのは、芸術労働が自由な〔解放された〕労働である限りにおいてのことであり、したがって、生産される価値が、自由に生産された存在の超過である限りにおいてのことなんだよ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 詩的形象の誕生は市場のうちにある。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 芸術家が崇高と手を切りその彼方へと身を乗り出すとき、彼が連れて行くのは抽象の経験だ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 詩の活動とは、大衆から彼らの力を奪うものではなく、ただひたすら、新たな表現形態を、新たなコミュニケーション形態を、そして対象に適った新たな言葉を構築するものなんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • ポエデイと詩丼と
  • 文学作品展示即売会の資本主義・帝国主義から距離を置く、群衆による詩歌展示販売会
  • 今田ずんばあらず、#ポエデイ、小さくて個性的で、そして最高のイベント
  • マルチチュードは、マルチチュードの想像力〔構想力〕のいっさいは、運動しているんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード月曜社
  • 前衛が芸術であり、芸術が前衛であるとするならば、《前衛=大衆》としての《avanguardia di massa》とは、《芸術=大衆》、すなわち、ぼくたちひとりひとりの生産活動が芸術でなければならないということ、あるいは、もっとはっきり言えば、ぼくたちひとりひとりが例外なくみな芸術家でなければならないことを意味する。(「訳者あとがき」『芸術とマルチチュード月曜社
  • 《avanguardia di massa》とは、したがって、ぼくたちひとりひとりが文字通り芸術を生きるということを意味するのである。(「訳者あとがき」『芸術とマルチチュード月曜社