湯豆腐とヨーグルト、遺句集として読む。〈一月の茶碗の中の山河かな/北大路翼〉一月の茶碗の中には一月の川や一月の谷が収められている。趣味人の模型のような造形、さまざまな角度から見る。〈湯煙は常に流れて寒桜/北大路翼〉冬風の吹く温泉街のさりげない人情を寒桜として描く。〈春の風邪底の見えないヨーグルト/北大路翼〉いつ治るのか分からない、底知れぬ風邪だろう。ヨーグルトを噛めなくて息苦しいのかも。〈苦瓜の表面にまだ時差がある/北大路翼〉表面はまだ異国情緒でゴツゴツしている。〈冷房が言ふこと聞かぬラブホテル/北大路翼〉思い通りにならないのは冷房も恋愛も同じ。〈撮られゐることを知りつつ髪洗ふ/北大路翼〉それがリベンジポルノになるかもしれなくても。〈終電を逃したやうな梨の皮/北大路翼〉化粧が剥がれてしまって。〈替玉が数秒で来る獺祭忌/北大路翼〉大食漢の正岡子規に現代風味を加える。〈手袋にやさしい闇が五つある/北大路翼〉ほとんどの人が知っているのに意識していない、手袋の深奥にあるやさしさ。〈入り口が東西にある梅の庭/北大路翼〉ディオニュソス軸。〈花冷えの麻雀牌の彫り深し/北大路翼〉花冷えに牌の感触の冷たさ、彫りの深さに花の哀れさがある。〈汗を拭く竜王戦の顔をして/北大路翼〉棋界一の大金がかかったような汗だ。〈枇杷の花水道代が払へない/北大路翼〉枇杷の花は汚らしいし貧乏くさい。土手に枇杷の木があり、その川に面したボロアパートとか。〈ふらここで性交したくなる陽気/北大路翼〉ふらここの振動を活用してもいいし、此処でもいい。〈消費税10パーセント川床料理/北大路翼〉川床はお持ち帰りにならず、軽減税率の対象にならないという視点。〈神様をブルーシートで包む冬/北大路翼〉聖と俗のドキッとさせるような邂逅。〈終電の次の電車は雪の中/北大路翼〉虚のたのしさ。
資本とは心の病気あかとんぼ 北大路翼