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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

『九大短歌 第十一号』

三ヶ日で朝の浜名湖を見ながら『九大短歌第十一号』を読む。〈神聖な涼める我が家に入るには消毒液で手水するべし/長尾義明〉「神聖な」の諧謔が効いている。〈今日ついに一位になった星占いラッキーパーソン『元カレ・元カノ』/山下拓真〉最後の七音にどんでん返し感がいい。〈読みかけの本をパシンと閉じてみる栞にしたい夕焼だった/野中周太郎〉「栞にしたい」という称賛の方法がしっくりくる。〈しっとりと夜は静かに滲みゆく雨の夜更けは南国に似て/須田紫野〉空気の質感が伝わる。〈君の住む街までの距離の重さだけ切手を買った花の絵だった/梶原翔星〉切手料金は全国一律だから重さを相応にしたという謎の押し切りが良い。〈「風がぬるい」そうつぶやいて夏の人は自転車で走り去っていった/山口郁弥〉颯爽と、というより飄然と。〈ふんわりと香水をきて家を出る 母の香りが私を包む/福島千尋〉もらったものは香りだけじゃない。〈両親の前で実家と口にする気持ちにはいつ慣れるのだろう/落合きり〉そんな感情があると気づかなかった。〈この街もあなたの街にはならぬような風を訪ねるようなさびしさ/神野優菜〉「風を訪ねる」が不思議に浮草のような感じがある。〈炎天の花瓶の水に浮く油膜 いのちは穢れこれでいいんだ/鍋倉悠那〉「油膜 いのち」の間に「これでいいんだ」へ到るまでの躊躇いのようなものがある。〈毎日をあなたで終わらせることができたらどんなに素敵だろうか/鎌田彩海〉そうだね。〈もう語彙の増えない言葉がありそれを(花のようだな)ノートに写す/石井大成〉死語か、古典言語か。(花のようだな)の挿入が舞い込む花弁のようで美しい。〈体格の格差稼ぎの格差あなたのことを本土と呼びたくなる/菊竹胡乃美〉「本土」ってすごい。