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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

『北大短歌 第八号』

眠れない未明に読む。〈あまりにもでかくて花と分からない壁画を見ていた壁にさわった/山口在果〉捉えきれない大きさを手のひらに感じようとする。〈周辺地図の裏に回ればなにも無い裏に付いてるやぶれた蛹/小田島了〉なんにも無さ兼意味の無さが良い。蛹にはなにも入っていなくていい。〈踏みしめる君待つ部屋へ一歩ずつ 十条ばかりの距離が憎いね/百瀬雪〉「十条」という距離把握が札幌、「踏みしめる」ものが雪と遡って分かる。ここからの〈直線はひかりのかたち 札幌の直線たちが春を呼び込む/朝凪布衣〉だろう。〈彷徨へる子羊を導くがごと天よりのBGMとして、雪/榊戸棗〉雪の音階が聴こえる。〈このそらの星のすべてをあげるからいっとう白い百合をください/佐梁彼方〉うん。〈明滅を繰り返すだけのシステムに過ぎない 信号機もまばたきも/安藤涼香〉ふたつの明滅が重なるとき、見える。〈マフラーのない車が走り去ったあとに本当の銀世界/宮川漣〉爆音のあとの静寂に銀色が際立つ。〈友だちとすれ違っても気づかないそんな恋をしている人々/宮川漣〉周囲が見えていないわけではなく、周囲の目を気にする必要がない。〈駄菓子屋で さびたコインを さしだして「おおきなうみを、海をください」/オーク・ライアット〉そう言った男の背景は灰色の海であってほしい。〈今はまだどちらのかわかる文庫本しずかに混ざりゆく本棚の/朝凪布衣〉思考が混ざる感じが文庫本の手触りから、する。〈速度制限の標識すべて意味もなく夏に刺さった向日葵のように/西村優紀〉標識が風景となる。〈ピンサロ嬢のキスは正しく甘味料独特のあの味がするだけ/西村優紀〉「正しく」の正しさ。