以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

不在の存在

『田中裕明全句集』ふらんす堂の「山信」部分を読む。〈今年竹指につめたし雲流る/田中裕明〉あきらかに景に人物がいるはずなのに表情やその体臭を感じさせない。今年竹に触れる指を中心にしているのだが、レンズは雲が動いている空へ焦点を合わせている。〈口笛や沈む木に蝌蚪のりてゐし/田中裕明〉もまた口笛が確かに聴こえるのに映るのは人ではなく池の蝌蚪たちだけだ。〈水澄むや梯子の影が草の中/田中裕明〉も梯子を立てかけた人はどこかにいるはずなのに映らない。影だけが草の中にあるのかもしれない。〈ラグビーの選手あつまる桜の木/田中裕明〉に至っては桜の木が映るまで引いたためにラグビー選手らは背景となった。そこに存在しないけれど、不在を強調された人物は、読み手のなかにどうしても存在してしまう。

濯ぎものたまりて山に毛蟲満つ 田中裕明