以太以外

蒼褪めた巨漢は笑う水澄んで 以太

「藤」『澁谷道俳句集成』沖積舎

第四回円錐新鋭作品賞選考座談会にて拙作「動物園前」の〈鯛焼の影より鯛焼は剥がれ/以太〉〈遅刻してゐる外套を出られない/以太〉〈影淡きアイスクリームつみあがる/以太〉などが言及されたと知った日、「藤」部分を読む。〈グラスみな水の粒著て夏至時刻/澁谷道〉夏至時刻という湯気のために視界の曇る時間にグラスが映える。〈土雛の拭きても拭きても暗き赤/澁谷道〉拭いても拭いても残る「暗き赤」とは血脈というより陋習のようなもの。〈春の蟬父の眼鏡にとどかざる/澁谷道〉春の蟬からは松林、海岸沿いの防砂林などが連想できる。父と訪れた海岸の思い出が蟬の声でふとよみがえる。〈玉霰つねに背をみせピアニスト/澁谷道〉荒天に!ふりかえり顔を見せることはない楽器の一部と化したかのような演奏。〈雪霏霏と版畫のはてしなき餘白/澁谷道〉余白を彫りつづけた人がいるということ。〈あんず噛む鼓膜のそとの靑空よ/澁谷道〉鼓膜のそとの青空とは鼓膜が聴覚するまえの音だろう、咀嚼音して骨を伝わる音との違いを際立たせてもいる。〈手花火を暗い切株へ贈らう/澁谷道〉切株は神の座であるがゆえに。〈西日ごし鈴蟲ほろぶ土の色/澁谷道〉土の色は変わりはないけれどそれを見る視線に変化がある。〈梔子や夜明けの扉輕くあく/澁谷道〉軽くあいた扉とはそこから漂う梔子のにおいのことである。〈鵯のなきがらも冷ゆ花器の水/澁谷道〉「も」ということは花器に差さる花とはなきがらである。

すみれ摘み盡して雲へ移住する 澁谷道