- 毎日俳壇2024年1月13日小川軽舟選〈百貨店跡地は白し北颪/以太〉
- wayra educa
- película 小さな皮革・薄皮→フィルム・映画
- 詩歌は事象への研究だよ
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ファシズムは重層構造として現実に入りこんでおり、現実を構成している。場合によっては、ファシズム批判を可能にしているのは、実はファシズムだったということもあり得るのだ。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- 戦時中の左翼やリベラルのアジールとしての中野正剛の東方会
- 山崎闇斎の垂加神道
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しかも、ファシズムと戦い、戦後に形成されねばならない民主主義は、いわば外国産の輸入であるのに対して、このファシズム由来の民主主義は、国産である。ここには、ドイツやイタリアとは時間的な落差があるファシズムの日本的な問題があるといってもいいかもしれない。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
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明治維新により誕生した日本は、明らかに民族独立を志向する革命国家の様相を呈していた。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
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すなわち現在、革命を肯定することが出来るのは右翼以外にはないとさえいえるのである。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- 三島由紀夫「戦後日本=北朝の世」
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近代日本は、現実は北朝的な資本主義国家であり、アジアに対する帝国主義的な意志を持っていたが、内奥の理念においては南朝的な革命国家であり、アジア解放の精神を持っていたということである。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- 神武帝による建国=革命国家
- 1967全学連、1968全共闘、1969決死隊
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正義感や理想が、何ゆえ凄惨な行為となったのか、ではなく、正義感や理想は強ければ、往々にして凄惨な現実を結果するのであり、その近代における古典的な例としてジャコバン党の理想主義と恐怖体制があげられるだろう。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- 龍田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦なかや絶えなむ/よみ人しらず
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三島の構想する軍隊は、日本国の軍隊ではなく「文化概念としての天皇」の親衛隊だからである。彼が創設した「楯の会」は、そうした親衛隊の初期文化的な萌芽形態だったといえよう。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
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千坂 インターナショナリズムにおいては、世界というものは豊かだったわけです。豊かな大地、母なる大地があったのです。何度壊しても大地が生命を再生産してくれる。これがインターナショナリズムの基盤です。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
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千坂 ところがグローバリズムの時代になると、世界は豊かな大地ではない。人間がどうにかしないと大地がボロボロになるり世界がなくなった。地球は世界じゃなくて、それ自身が世界の中の一地方になったのです。どこかに世界をつくらないといけない。それが革命です。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
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千坂 あえて図式化して言えば、ファシズムは一体なんなんだと言えば、ファシズムは自由はないんです。平等もないです。その代わり適度に自由があり適度に平等がある。ファシズムは自由・平等・博愛の博愛なんです。友愛でもいいです。ファシズムは友達を大事にしましょうという思想です。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- ファシズムの博愛と墨子の兼愛
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千坂 革命家は絶対被害者や野党になってはいけないのです。革命家は常に弾圧する側にあるという立場の自覚が必要です。(千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』彩流社)
- なタ書
