- 詩丼改2026年9月27日@浜松市
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もはやスタッフと利用者の垣根もない。(『ただ、そこにいる人たち――小松理虔さん表現未満、の旅』認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ)
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表現未満とは、誰もが持っている自分を表す方法や本人が大切にしていることを、取るに足らないことと一方的に判断しないで、この行為こそが文化創造の軸であるという考え方です。(『ただ、そこにいる人たち――小松理虔さん表現未満、の旅』認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ)
- 表現未満、プロジェクト
- ↑レッツはちゃんと文化を定義している
- でもレッツは扱いとしては垣根を設けないけれど、人の分断を前提としている。だからこそレッツが成り立つ。それに対抗するために人とクリエイターを分断していたら対抗できないどころか同化してしまう。
- 「表現未満、」という言葉そのものは表現と表現ではないものの分断を前提とする。しかし人間には自由意志などほぼないのだから表現か否かを分けられないはずだ
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新しい関係を開く。そこから始まる。出会い直す。/ぼくにとって「表現未満、」は、いま、そんな言葉になりつつある。(『ただ、そこにいる人たち――小松理虔さん表現未満、の旅』認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ)
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しかし、「表現未満、」は何かを明確に指し示したりはしていない。なんとなく、ふわっとしている。しかし実は「表現」に対してのアンチテーゼでもあり批評でもある。いわゆる巷で言われている表現とは一線を画して、新しい文化を切り開けるかも!といった挑戦である。(久保田翠「今年、小松理虔さんと旅をしました」『ただ、そこにいる人たち――小松理虔さん表現未満、の旅』認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ)
- 私は表現に「未満、」は設けない。一線も隠さない。うめきもいびきもまた詩だ。おもしろいと思うかは別だけれど。
- 障害者の特異性もクリエイターの特異性も認めない、特異な人とそうではない人を区別しない。宣伝文句に「特異」を使わない。
- 南アルプス地域個体群のツキノワグマ
- 超小型カメラPIXICAM(株式会社ハック)のTIME.TXTに書く日時設定方法は取扱説明書のとおりだとうまくいかない。「2025.11.11 14:05:00 Y」の形式が正解。
- クリエイターによる非クリエイター軽視は急にはじまったわけではない。その端緒は商業による非商業軽視にある。資本主義だ。
- 「誰かが傷つくから」「ヘイトスピーチだから」という理由で議論を避けていくと、まずは選挙結果で議論を避けられた側が勝つだろう。それで勝たなくても紛争になる。
- serbestiyet
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リーダーシップにおいては、人文学の確かな基礎があれば、より適切な意思決定が可能になる。難しい問いを立てる場面では、人文学の素養が倫理的課題を解決するための助けとなる。そして、私たちは常にそうした課題に直面している。(シスコの幹部が今後「人文学的素養」が不可欠になると考える理由とは)
