馬場あき子選〈真夜中の二時は不可思議我が窓に月光降ればカブトムシも来/戸沢大二郎〉神秘的な真夜中の景。〈山羊の乳もらいにゆきし家いずこ山道消えて家立ち並ぶ/出口真理子〉山羊乳は幼いころの思い出か。佐佐木幸綱選〈店主老い「天野商店」廃業す離島でこめ・みそ百年売りて/松崎孝則〉離島に「しま」とルビ。この天野商店がどこかわからなかった。塩飽諸島の一つ、讃岐広島の青木集落にあった天野商店は百年続いたらしいが、これは2019年ごろに閉店しているらしい。しかしインターネットに存在しないからといってそれが存在しないわけではない。インターネットに存在しないお店のありようを伝えるのも新聞歌壇の役割だ。〈禅寺に「朝課」と名付く負担あり定年のなき朝のお勤め/庄司天明〉曹洞宗常光寺のご住職らしい歌。定年のないお勤め、自分には何ができるか。〈最新の兵器を称えコメンテイター武器を捨てよと誰も言わざり/中松伴子〉ウクライナ紛争だとバイラクタルTB2とかが有名。高野公彦選〈ずっとここに居ていいんだよというような平日の昼ジュンク堂書店/金美里〉池袋本店だろう。〈学生時「風土」買いたる古書店が京の街から消えるとの報/俣野右内〉河原町にあった京阪書房だろう。永田和宏選〈一画でさんずいを書く君の「海」一番早い夏を見つけた/赤松みなみ〉これは私の氵の書き方でもある。
長谷川櫂選〈胴体の無き死骸あり油蟬/村田実〉おいしいから食べられちゃう蝉。〈テスト後の雲一つない夏の空/宮地莉央〉夏休みが、はじまる。大串章選〈馬をらぬ馬小屋ありき終戦日/前九疑〉戦中の馬の徴発・供出だろう。〈終電の終着駅の夜涼かな/日下總一〉「終」尽くし。高山れおな選〈向日葵の顔一斉に列車向き/松浦加寿子〉たまたまその方へ向いていた向日葵とたまたまそのとき通過した列車をそのように描写した技巧。小林貴子選〈夜濯を手すりに吊るし隠岐の旅/三角逸郎〉船旅の自在さ。