十七世紀オランダの哲学者スピノザはその主著『エチカ』にて、スコラ学派が使った能産的自然natura naturans・所産的自然natura naturataという用語に汎神論的定義を与えた。スピノザ以前では九世紀のアイルランド出身で西フランク王国で活動したヨハネス・スコトゥス・エリウゲナが汎神論につながる思想を示した。
エリウゲナの著書『ペリフュセオン Periphyseon』では万物は「存在するものと存在しないもの」に分割され、その両者を包括して自然naturaと呼んでいる。この自然は四つの種に区分される。①創造し創造されないものcreat et non creatur、すなわちすべてのものの原因である神。②創造され創造するものcreatur et creat、神の知性のうちにあるいっさいの原型つまりプラトン的イデア。③創造され創造しないものcreatur et non creat、被造物の世界。④創造せず創造されないものnec creat nec creatur、再び神。 自然の名の下に万物を神の創造による変状と捉える思弁的体系は汎神論と言える。
さらにエリウゲナは非存在としての神に言及する。④は万物が発出された根拠物へ還帰する神化であり、終わりにしてはじまりである。アウグスティヌスの場所と時間論を発展させたエリウゲナは世界の終わりにおいて場所と時間とは発出根拠である神へ還帰すると考えた。④についてはエリウゲナ自身が「それが存在することがありえない不可能なことがらに属している」と書いてある。エリウゲナは神が存在するとも述べるけれど、あくまでもそれは類比の表現であり、彼はその卓越性のゆえに神を、存在を超えた非存在、無nihilとみなした。エリウゲナの「非存在の神」は無から世界を創造し、やがて無へ還帰する。
1225年に教皇ホノリウス三世はエリウゲナの『ペリフュセオン』に異端宣告を下し焚書を命じる。論理学によって導かれたエリウゲナの「非存在の神」は確かに無神論の匂いがする。つまり、神の卓越性を論理学により言表するならば無神論は避けて通れないことをエリウゲナは示した。
のちにドゥンス・スコトゥスが論理学の異なる手法により無神論に陥らない神の卓越性を示す。