- 「気持ち悪い」と思ったものへの態度でその人のできあがりの程度を推し量ることができる。自分にとっての異物を排除してきたか、とりこんできたか。
- 恋愛感情が至高の価値という考えは否定していきたい。
- 遠江国の無縁所として、氏真判物をもつ引佐郡の龍潭寺と徳川家康判物を与えられた同郡の方広寺。
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「無縁」の世界、「公界」に通用するのは、まさしく「芸能」そのものだったのである。(網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社)
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そして、中核派は今なお、自らの運動のターニングポイントを七・七に置くことを公然と積極的に認めている、ほとんど唯一の党派なのだ。それは、良くも悪くもPC*1が一般化していく時代の、パイロット的なモデルケースなのである。(絓秀実『1968年』ちくま新書)
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革マル派は、その労働者中心主義(指導者・黒田寛一の言う「プロレタリア的人間」の論理)を護持するところから、華青闘告発には、まったく敵対的・揶揄的な対応をとった。(絓秀実『1968年』ちくま新書)
- 新左翼の創生に関わった吉本隆明的な自民族中心主義と黒田寛一が華青闘告発に応接できなかったことで六〇年安保と六八年は切断された。
- 中核派による革マル派への内ゲバ殺人は「革命ごっこ」と言われた華青闘告発への、俺たちにも暴力革命ができるんだという応答。内ゲバは革命ではないがゆえに革命として遂行されなければならないという理屈。
- グラムシ主義の復権、マルチチュードという主体、ポスト市民社会の陣地戦、ドゥルーズ/ガタリの戦争機械概念(将棋に対する囲碁)
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学生は学生として留まるあいだは「お客様」として優遇されながら、卒業と同時にクズのように社会に放り出される。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫)
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グラムシは「あらゆる知的介在を排除できるような人間活動は存在しない」という視点から、「すべての人々は知識人である」とし、しかしながら「すべての人々が知識人の役割を果たすわけではない」から(中略)「専門家」にとどまらぬ「指導者(専門家+政治家)」としての「有機的知識人」を措定した(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫)
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ドゥボールらのレトリストは、こうした環境のなかで、通りへの落書きやスキャンダルの創出、都市への心理地理学的漂流といった活動を、集団で意識的に行い、混沌とした反抗の気分を状況の構築へ結び付けようとしたが(アンテルナシオナル・シチュアシオニスト第1号)
- 新しい班ドクトリンによる補助体制のための部分通区、厭だな。
- 無縁・公界・楽という言葉でその性格を規定された場あるいは人(集団)の8つの特徴(網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社)
- 不入権
- 地子・諸役免除
- 自由通行権の保証
- 平和領域、「平和」な集団
- 私的隷属からの「解放」
- 貸借関係の消滅
- 連坐制の否定
- 老若の組織
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女性史の最も重要な課題の一つは、この点を明らかにすることにある、と私は考える。さきのような女性の特質は「無縁」の原理と同様、時代とともに並行して衰弱していく。それは、まさしく「女性の世界史的敗北」の過程の一環にほかならない。/しかし、この敗北そのものの中に、女性の性そのものの非権力的な特質、「自由」と「平和」との深い結びつきがかくされているのであり、その過程の徹底的な認識のみが、解放への確固としてゆるぎない立脚点になるのではなかろうか。(網野善彦『無縁・公界・楽』平凡社)
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もちろん、黙示録的革命において救済されるはずなのは、かかる聖職者的前衛のみではなく、それに領導されたプロレタリアート総体でもあるが、彼らはすでにあらかじめ死を賭しうる存在となった者に従ってのみ、革命戦争のさなかにおいて死を賭しうる主体となるのであり、それゆえ前衛なくして黙示録的革命はありえない。しかし、そのようなあらかじめ死を賭した主体てあることを、その前段において証明しなければならないところに、主体をめぐるパラドックスが生じ、いわゆるリンチ殺人が必然化されるのである。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫)
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リンチ殺人によって同志をゾンビ化しようとする教育者は、前提的に自らもゾンビでなければならないはずである。しかし、同志たちがゾンビには生成しえず、「思いもかけぬ」死にいたった時、教育者たちは、自らも実は死を賭しことがなく、ゾンビでもなかったことに思いいたらざるをえない。(絓秀実『革命的な、あまりに革命的な』ちくま学芸文庫)
- 広島原爆投下以後の三島由紀夫はゾンビとして生きたために市ヶ谷で割腹できたのだろう。
- 川口大三郎殺し、革マル派支配エリアの中核派の人間を「回教徒」にするための内ゲバ・リンチ殺人。
- 谷川健一の短歌〈海潮に浴みするらし群星の乙女ら低く空降りし夜は/谷川健一〉海潮に「うなしほ」とルビ。代表歌は〈海彼より春の胞子の飛びくれば羊歯の香ぞするわがとこよびと/谷川健一〉、弟の谷川雁が亡くなったときの歌〈知られざる夷狄の裔を任じたるおとうとはいま馬上の死者/谷川健一〉
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谷川 太安万侶の祖先に多氏がありますが多氏が東国を経略していくときの多氏の「多」という字のつく地名の分布も調べたことがあるのですが、みな河口なんです。たとえば、遠州灘の磐田市に大之郷*2があり(中略)これはみな多氏のいた場所で(中略)磐田市で話をきいたときも、天竜川の河口には良港はまったくなくて、例の大之郷の近くにしかないということです。(「対談 古代人の生活と民俗 臼田甚五郎✕谷川健一」KAWADE道の手帖『谷川健一 越境する民俗学の巨人』河出書房新社)
- 磐田市の下大之郷・上大之郷は、大之浦の南方にあった奈良時代の飯宝郷(おほごう)=於保で、そこに多氏が造った古代の港があったという。
- 第1回鈴木六林男賞。西東三鬼賞は一句単位の賞で弟子の六林男の賞は20句連作の賞というのもおもしろい。
- 妻の会社で十数人/五十余人が新型コロナウイルスに罹ったらしい。懇親会で居酒屋にギュウギュウ詰めにされたようだ。そのうち親に言われてワクチンを打たなかった20代女性は40℃の発熱。妻も8月20日(土)一時的に37.4℃を出して寝込んだ。
*1:引用者註、ポリティカル・コレクトネス、政治的正しさ
*2:引用者註、文中のルビは「おうごう」、現在は「おうのごう」