- 市民にローンを組ませる、借金をさせることは治安維持のひとつの手法、つまりなにかを所有したい欲望をかきたてる。
- 雨傘革命の初期は警察官が群衆へ帽子を脱ぐ場面もあった。それがだんだん暴力をふるうようになり(「乱世備忘」)、やがてなりふり構わず発砲するようになる。(「時代革命」)
- 市民的不服従
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番組では「時速165キロを出したことがないのは?」との問題で「大谷翔平」「佐々木朗希」「伊良部秀輝」「広末涼子」との選択肢が。正解は「伊良部秀輝」で、司会から「広末さんは、事故を起こした際、ジープ・グランドチェロキーで時速165キロを出していたと報じられています」との説明がされていた。(TBS『オールスター後夜祭』広末涼子めぐるクイズ出題を謝罪「題材として扱ったことは不適切」【全文】)
- 司会は高山一実である。
- 占拠区に物資センター/物資配給センターが複数ある意味
- Demokratik Modernite、トルコ語のジャーナル
- 生存戦略または自己保存力conatusは美術の美の根拠である。
- 人口の少ない古代では男性の筋肉や女体の優美さが美となった。
- 人口過密地域では人口を減らす生存戦略としてのconatusを由来に頽廃美の観念が起こる。
- Dorna Protein、テヘランの精肉店
- ソ連・中国「集中的(集権的)スペクタクル」+合衆国「拡散的スペクタクル」=統合的スペクタクル
- 秋尾敏「現代俳句の実相── 二十世紀俳句史を見直す ──」WEB現代俳句2025年10月号、俳句の師系
-
今も「人種や宗教などの壁がある」と指摘し、「壁のある世界で、壁のない世界の風景を生き生きと想像すると、現実になるかもしれない」と述べた。また、「このメッセージを香港の若者、今壁に立ち向かっている若者たちに贈りたい」と語り、香港の行政長官選挙の民主化を求め、大通り占拠を続ける学生らにエールを送った。(「村上春樹さん、香港デモの学生らにエール」読売新聞)
- 壁はあなたや私かもしれない。
- 訳とか、ダニエル・ジョンストンやガスター・デル・ソルなど
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芸術という領域は、簒奪によって集められた素材を料理し、組み直して構築された、生産体制=権力と文化の疎外を正統化する物語である。世間に流布している、芸術史、美術史、文学史などといったストーリーは、まさに盗品を寄せ集めたものを時系列に沿ってつぎはぎして組み立て直して練り上げられた窃盗犯による絵巻物であり、それ自体われわれの生を疎外する壮大なスペクタクルなのである。(「芸術は同化言説によって作られた文化領域である。」泥沼通信)
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われわれの課題は芸術というスペクタクルから、芸術という同化言説のストーリーが作り出す文化の疎外から脱すること、すなわち芸術を終わらせることである。(「芸術は同化言説によって作られた文化領域である。」泥沼通信)
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「格下げ(供犠)」の技術は、生産体制を正統化させ、卓越し、マウントを取る文化である「芸術」につきものの、格上げの技術──名人肌、技巧的洗練、熟練、規範化、巨大化、永続化──とは全く異質なものである。例えばパロディは、正統的で厳粛な価値あるもの権威と、価値の低いと思われているものを隣接・混合(モンタージュ)させることで、権威を格下げする(象徴的に生贄にする)技術である。こうしたパロディという格下げの技は祝祭につきものであった。(「格下げ言説の登場」泥沼通信)
- 記号-コード-解読decode/記号機能-コード作成-解釈interpret
- 太陽花学生運動で立法院を占拠した学生運動の擬似組織化は時代革命におけるリーダーのない運動と対照的
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批評を書くとき、批評家は一般人の立場に立つ。映画を観る、コンサートに行く、演劇を鑑賞する、レコードを聴く──どんなときでもそうだ。批評は芸術という営みの最も根本的な単位、すなわち個々の作品(あるいは複数の作品の展示)に対する個人の出合いと、その出合いがもつ経済的なかかわりに根ざしている。(「批評」という消えゆく伝統文化を擁護する, WIRED)
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Eleştirinin olmadığı yerde düşünce yerinde sayar; gelişemez, yenilikleri doğuramaz, hayatla bağ giderek zayıflar, mevcut bakış işlemez hale gelir. Bu yüzden, demokrasilerin kalbi eleştiride atar. Eleştiri, farklı fikirlerin birbiriyle çatıştığı, çatışmadan doğan sentezin daha adil yasalar, iyi politikalar ürettiği yaşanabilir bir toplum oluşturur. Bu nedenle eleştiri barışın, adaletin, kurumların yani yaşamın sigortasıdır.(Eleştirisiz toplum, nefessiz demokrasi, bianet)
- 「批評のない社会、息をしていない民主主義」か
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Sokrates "sorgulanmamış hayat yaşamaya değmez."
- 言語の翻訳可能性 translatability が言語を芸術の核心としている。
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日本語で単数と複数の区別がなされないということも、(他から独立した)〈個体〉という概念を際立たせないという顕著な傾向と結びつけて考えることのできる現象である。(池上嘉彦 『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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言語の「受信者」は百パーセント「解読者」であるのではなく、「解釈者」としての役割も必要に応じて行うということである。「受信者」はただ受身的な立場にいるというのではなく、主体的な「解釈」を通して「コード」に対して創造的な役割を果たすことができる。これは「詩的テクスト」に対する場合に典型的に起こる。(池上嘉彦 『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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テクストを生成すると同時に自らも生成さたテクストによって変えられるコード――つまり「体系」と「過程」の相互作用的な弁証法的発展――そして、それを単なる「発信者兼受信者」の役割を越えた「主体」の働きとして捉えようとする理論である。(池上嘉彦 『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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つまりニーチェは格下げこそが、文化に活力=聖性を与えるものだという認識を徐々に深め、一度は手のひらを返したように消えてしまったアナーキーなニーチェがまた頭をもたげ始めたのだろう。(「格下げ言説の登場」泥沼通信)
所以255
- 朝鮮・満洲の銀行をほぼすべて設計した中村與資平
- 和理非と勇武
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詩のことばがよりプライベートなものとなり、個人のうちにある心の表現に向かったことからわかるのは、文学の言葉が共同体と個人との結束を高めるより、個人と個人とをつなぐことに力点を移したということである。(『世界文学への招待'22』放送大学)
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短歌は、三十一拍の短詩ですから、「場」の力を借りないでは、ほとんど詩として自立しえません。(岡井隆「場について」『現代短歌入門』講談社学術文庫)
- 争ひの声といふとも孤独ならず鮭の卵をかみつつ思ふ/佐藤佐太郎
- 19世紀の英語小説、作家に導かれて共感を追体験する自由間接話法
- 自由間接話法という視点主体と作中行為者の曖昧さ
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自由間接話法は、語順としては直接話法の方式に則り、人称や時制は間接話法のような形をとる。(『世界文学への招待'22』放送大学)
- 演劇企画体ツツガムシ
- Expansive Poetics – (A Digression – Metrics)
- ∪が弱、ーが強。
- full rhyme 完全韻 fish/dish
- rime riche 富韻 designing/resigning
- 不完全な韻 fish/dash, fish/finger
- Framing sounds、Chris H. Lynn
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抒情詩は一般的にそうであるが、短歌は所詮わたくし(すなわち作者自身)の感情の表白である。(岡井隆「私文学としての短歌」『現代短歌入門』講談社学術文庫)
- ↑この通念が通用するか否か
- 漂いに似つつ愛して青年は鼻梁の翳り深む吾がため/杉村昭代
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小瀬洋喜の論文が解説してくれている「斧」グループの諸氏の嘘つき競べは、これがたた単に岐阜という一地方の一同人誌に限られた現象ではないだろうと想像できるだけに、現代短歌の現実を知る上にまことに示唆的・教訓的といわねばなりますまい。(岡井隆「私文学としての短歌」『現代短歌入門』講談社学術文庫)
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短歌における〈私性〉というのは、作品の背後に一人の人の――そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということです。そういう一人の人物(それが即作者である場合もそうでない場合もあることは、前に注記しましたが)を予想することなくしては、この定型短詩が、表現として自立できないのです。(岡井隆「私文学としての短歌」『現代短歌入門』講談社学術文庫)
-
前衛短歌運動時代の岐阜歌壇を代表する2つの同人誌「斧」と「假説(かせつ)」。小瀬洋喜、平井弘、黒田淑子らに代表される「斧」と、赤座憲久、百々登美子、平光善久らの「假説」は、互いに切磋琢磨しながら内容を深めていきました。(和歌文学館企画展「岐阜県歌壇史をひもとくⅢ-「斧」と「仮説」に集った歌人たちー」)
-
「斧」と「假説」に集った先鋭的な歌人らも、全国的な前衛短歌運動に共振し、独自の視座をその運動に盛り込んでいきました。そのような運動の過程で、寺山修司、塚本邦雄、岡井隆ら「前衛短歌運動」の旗手といわれる歌人や、名古屋の春日井建らとの交流が生まれ、小瀬洋喜と岡井隆の間の<私性>をめぐる大論争も生まれました。(和歌文学館企画展「岐阜県歌壇史をひもとくⅢ-「斧」と「仮説」に集った歌人たちー」)
-
示威民眾在立法會內宣讀五大訴求,包括「一、徹底撤回修例;二、收回暴動定義;三、撤銷對今為所有反送中抗爭者控罪;四、徹底追究警隊濫權情況;五、以行政命令解散立法會,立即實行雙真普選」( 香港太陽花立法會清場 抗議者最後關頭拉出4「死士」)
- 2019年-2020年香港民主化デモこと時代革命(水革命/流水革命)、明確なリーダーや組織が存在しないにも関わらず、テレグラム・地図アプリなどを使った偵察・共有・解析・地図作成といったネットワークが機能していた。
- 十数人の偵察部隊と十人の作戦本部、データ入力班・地図班・車両班・放送班・救護ボランティア
- 後方支援や心理面でのケア・カウンセリングもできるソーシャルワーカーの班も必要だ
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米アップルは9日、反政府デモが続く香港で警察の動きや催涙ガスの使用を追跡できるアプリ「HKmap.live」をオンラインストアから削除した。「香港警察や住民を危険にさらすような使い方をされていた」のが理由という。(香港警察「追跡アプリ」、米アップルが削除 「デモ隊が悪用」)
- 黃藍列表
- OpenStreetMap
- 無料でネットを使わずBluetoothだけでメッセージ送受信ができるアプリ「Bridgefy」の使い方レビュー、香港デモでも使われた実績あり、Gigazine
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ここ1週間にカタルーニャを占拠した独立運動の主催者らが掲げていたのは、香港デモのスローガンである「水のようになれ」だ。これは伝説の武道家、ブルース・リー氏の哲学であり、デモ隊に素早く機動的に動くことを促す意図がある。具体的には、公共スペースを素早く占拠するとともに、自らの訴えに関心を向けさせた上でその場から撤退し、再び別の場所に現れるといった戦術だ。(香港デモ戦術が世界に拡散、カタルーニャも「水のようになれ」)
- 銅鑼灣書店
- Molotofkokteyli モロトフカクテル・火炎瓶
- Bianet、トルコ語の独立した通信ネットワーク
所以254
- 令和7年度『収穫祭』第1位作品「グーテンベルクの肺活量」
- 天竺老人の浮世絵サイト
- MUNA-POCKET COFFEEHOUSE
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ムナポケ。静岡県浜松市で演劇公演等を中心に活動しているクリエイティブチームです。(MUNA-POCKET COFFEEHOUSE について)
- CREEVO
- Suno.ai
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個人でなく、集団のために。/それはイエ制度から来る私たち日本の集団に属する存在が持つ、ひとつの価値観なのである。(三宅香帆「「仲間の伝統を継ぐ海賊」ことルフィ」)
- 個人と集団の二項対立を嬉々として書いてしまうところが三宅香帆の浅さなのかもしれない。
- 独立書店ネットワーク
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同団体は誠光社の堀部篤史氏、本屋Titleの辻山良雄氏、ON READINGの黒田義隆氏と黒田杏子氏、メリーゴーランド京都の鈴木潤氏、本屋B&Bの内沼晋太郎氏が事務局を務め、葉々社、本屋ルヌガンガなど全国の独立系書店約50店舗が加盟している。(有志団体「独立書店ネットワーク」、ウェブサイトを開設、新文化オンライン)
- Nazım Hikmet ve Kemalizm、ナーズム・ヒクメットとケマル主義
- のぶすま書院一周年展@袋井市役所二階市民ギャラリー2026年1月11日(日)~20日(火)
- 書道展ではなさそう
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従来の教育で一般的な、教える側から学ぶ側への一方通行的な知識伝達型と違って、ワークショップでは、双方向的な「参加型」の学びを大切にする。「先生」の代わりに、「ファシリテーター(進行役、引き出し役)」が、参加者の興味や意欲を引き出しながら場を展開していく。参加者も従来のただ座って話を聞いたりノートをとる受け身的な態度ではなく、自ら積極的に参加する必要がある。なぜなら、先生から教えてもらう代わりに、自らの体験から学ぶ場だから、主体的に関わらないと始まらないのだ。(中野民夫『ワークショップ』岩波書店)
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大きな問題に対して、「自分一人が言ったって、どーせ何も変わらないよ」という諦めの中にいて黙っていては、個人にも社会全体にもまともなフィードバックがかからず、誰もが望まない社会を皆で作ってしまうことになる。私たち一人ひとりが、自分の発言や行動が状況を変えることができるのだ、という体験をもっともっと重ねることで、自分の言動に自信と責任を持てるようになるのではないか。(中野民夫『ワークショップ』岩波書店)
- 平田オリザも演劇と市民のありかたについて似たようなことを言っていたような?
-
英語は〈動作主+動作〉(actor-action)というパターンを中心的な構文として持つ代表的な言語である。(池上嘉彦『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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英語の基本的な構造が〈動作主+動作〉であるとすれば、それに対する日本語の基本的な構造は何であろうか。それはおそらく、国語学の方の術語で言う〈有情〉ー〈非情〉という対立になるのではないかと思われる。(池上嘉彦『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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これは「人がいる」と「物がある」にみられるように、対象が何かを感じ経験しうするもの(〈有情〉)であるか、そうでないか(〈非情〉)という区別に基づく言語用法上の対立である。(池上嘉彦『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
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〈動作主〉であることは、〈有情〉であることを前提とするが、〈有情〉であることは〈動作主〉であることを意味しない。(池上嘉彦『詩学と文化記号論』講談社学術文庫)
- 有情非情、仏教用語。有情はsattva 衆生とも。
- 「非情の受け身」はしばしば論題とされ、日本語固有ではない近代以降の日本語の特徴として挙げられる。
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唐代の玄奘が訳した以降のものを新訳と呼び、それ以前のものを旧訳と区分する。(「くやく・しんやく/旧訳・新訳」浄土宗大辞典)
所以253
- 路上ライブと途上ライブ、路上生活者と途上生活者
- 世界文学≒翻訳文学
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Aujourd’hui M’ma est encore vivante. (Kamel Daoud, "Meursault contre-enquête")
- jeune afrique
- パリ郊外のHLM. 低家賃住宅 Habitation à loyer modéréとビレッジハウス・遠州浜団地・彩輝
- 詩学=言語が芸術の核心であるという根拠としての文化記号論 semiotics of culture
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京都を歩くとは、どういうことなのだろうか。/それは歴史を破砕することなのである。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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〈第三のいのち〉は、わたしと他者との〈あいだ〉、わたしとものとの〈あいだ〉に立ち現れる。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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立ち現れるか立ち現れないかは、わからない。〈第三のいのち〉は偶発的で、きまぐれだから。しかし、自分の感性を全開にしていると、もしかするとここに、〈いのち〉がぽっと立ち現れるかもしれないという予感がする。それが、「をかし」なのである。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
-
個は、あらかじめあるのではなく、「間柄」のなかから複数性として現れてくるのである、というのが和辻の考えだ。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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これに似た考えをわたしは、〈多重主体性〉という言葉で提示している。ひとは、一個の主体性を持っているのではない。ひとを構成しているのは、無数の他者の主体性であって、個というのはその多数性のせめぎあいのなかから、立ち現れるものなのである。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
-
年の内に春はきにけりひととせをこぞとやいはんことしとやいはん/在原元方
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→「春をめぐる〈第三のいのち〉の感性を、端的にあらわす歌」(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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去年だとか今年だとかという暦上の区別は、公的な社会秩序の形成・維持のためにもっとも重要な基準のひとつであるが、歌にとってはそれはさして重要ではない、「春が来た」という体感こそが重要なのだ、という宣言なのである。歌はまことに、現実の社会秩序(ここでは暦)を破壊する力まで持つ。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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をかしとおぼしなす(源氏物語「夕顔」)
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「をかし」は、「〈第三のいのち〉が立ち現れる予感がする」という意味である。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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つまり、いまの京都文化というのは、天皇や貴族を排除して、かつての下層民たちが自分たちの世界観で塗り固めようとしてきたプロジェクトが、ほぼ完全に成功した結果である、と。(小倉紀蔵『京都思想逍遥』ちくま新書)
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人の心に思ひも寄らぬ感を催す手立、これ花なり(「風姿花伝」)
- →偶発的な〈第三のいのち〉
所以252
- スピノザ主義者の哲学探究
- 日本軽佻派・大岡淳
- 双義仄用・複義偏用、愛憎は憎、得失は失、利害は害、緩急は急、成敗は敗、同異は異、禍福は福、老幼は老、車馬は車、
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古人之辞、寛緩不迫故也
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腰蓑の逆立つ遠州鬼踊/対馬康子(『百人』ふらんす堂)
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虫の音の結界褌の男たち/対馬康子(『百人』ふらんす堂)
- ↑磐田市の見付天神裸祭についての俳句
- 互文、「動天地、感鬼神」=「感動天地鬼神」
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このようにして漢文にはそれ独自の文章の作り方があり、省略のように見えても実はそれだけで充足している場合もあるのである。(西田太一郎『漢文の語法』角川文庫)
- Fluctuat nec mergitur
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五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤独もちてへだたる/塚本邦雄
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でも、短歌はほんとうは上書きしていくものだと思うんですよね。(我妻俊樹・平岡直子『起きられない朝のための短歌入門』書肆侃侃房)
- Spinoza, Ethica 1,2,3,4,5、ラテン語
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はるばると浜松風にもまれきて涙にしつむざゝんざの声/八百屋半兵衛(『万載狂歌集』)
- 位格、ヒュポスタシス(υπόστασις)
- YENİÇAĞ, 新キプロス党 Yeni Kıbrıs Partisiの新聞。
- Güney Kıbrıs Rum Yönetimi
- イスラーム世界の任俠アイヤール عیاران
- 男女共同参画社会とは作家もクリエイターも天才もいない群衆の社会である。あるいはみんなが作家であり、みんながクリエイターであり、みんなが天才の社会である。
- 自分たちだけが作家・クリエイター・天才と名乗りたいなら、まずは男女共同参画社会を否定しなければならない。
所以251
- 原始感覚美術祭
- ペトロ・カスイ岐部神父 | カトリック東京大司教区
- 文語の「けり」はただの過去の助動詞ではなく回想・想起の助動詞
- 訂閱《聯合文學》實體雜誌 unitas
- 私性論でも、〈われ〉でも〈なんじ〉でも〈われわれ〉でもない、読者をも介する作中主体観である「あいだの主体」へ
- 髙橋みずほ[現代短歌論]表現主体と作品上の〈われ〉
- 西巻誠ニューウェーブの再検討をめぐって―荻原裕幸と物語的作中主体―(初出:「短歌往来」2009年1月号)
- 短歌にとっての〈語り手〉
- 浅野大輝短歌は〈わたしたち〉の文学である
- 司牧的配慮
- 短歌時評第211回「短歌の風景」
- 〈「倒します」一人が言えば「倒します」「倒します」「倒します」夜行バス/白川ユウコ〉(『ざざんざ』六花書林 )ファミコン的世界かと思いきや夜の高速道路へ。脚韻も効いている。
- 〈コロナ禍に看板あまた毟られて鍛治町さびし肴町さびし/白川ユウコ〉(『ざざんざ』六花書林 )確かに市役所のホームページは鍛冶町ではなく鍛治町を使う。
- 鮑照
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しかし彼は存命中あくまでも科学者であって、職業的な詩人ではなく、詩人として評価されたのは死後かなりの年月を経てからであった。(黒柳恒男『ペルシア文芸思潮』東京外国語大学出版会)
- ↑オマル・ハイヤーム
- サーデク・ヘダーヤートの文学サークル「ラブエ」4人組、ルバイヤート四行詩と語根は同じか
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現代イランの小説は長編とはいえ百数十頁の比較的短い小説が主であるが、一九六一年それまで全く無名の存在であったムハンマド・アリー・アフガーニー(一九二五―)が約九百頁に及ぶ長篇小説『アーフー・ハーノムの夫』を発表してイラン文学界にセンセイシャンをまきおこし、多くの文学者、批評家の注目を浴びた。(黒柳恒男『ペルシア文芸思潮』東京外国語大学出版会)
-
「design」は本来、日本で誤解されているように、あるもののかたちを作品的または商業的につくる仕事ではない。あるもののあり方を考えるところから、そのあり方に則したかたちを成すまでの仕事が本当の「デザイン」に当たる。(廣瀬俊介『風景資本論』朗文堂)
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俳句は文学の一部なり。文学は美術の一部なり。故に美の標準は文学の標準なり。文学の標準は俳句の標準なり。即ち絵画も彫刻も音楽も演劇も詩歌小説も皆同一の標準を以て論評し得べし。(正岡子規「俳諧大要」)
- クルド人の分離主義国家マハバード共和国の初代大統領カズィー・ムハンマド
所以250
- 季刊《秋刀魚》
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ドイツ極右政党「AfD」の候補者最大6人が、西部の広大な州ノルトライン=ヴェストファーレン州での地方選挙を前に数週間のうちに死亡したとBBCが報じた。(ドイツの極右政党「AfD」、地方選挙を前に候補者の死が相次ぐ)
- SNSで罵りあっている生ぬるさのままでいい。
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郡上市南部は美濃地方に、北部は飛騨地方に属し(第1章 郡上市の歴史的風致の背景)
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もうここにいられなくとも本当に胎児は息を吸えるのですか/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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浴槽は海に繋がっていません だけどいちばん夜明けに近い/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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大事だと言われ身体の奥にある海に初めてひかり射し込む/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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天才に踏みにじられる雪として息絶えるとき立ちのぼる虹/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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すこし強い筆圧でノート取っていた姿 ノートは見たことがない/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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雪、それは発されぬまま息絶えた言葉の灰が宿した光/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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夜にしか見えないものは星だけじゃないこと ずっと前に忘れた/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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老いていくあなたを見届けたい 母を終えたら透きとおる木となって/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
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あの日から過ぎる言葉はすべて私信、きみに要るかはわからないけど/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
- White Wabbit Records 小白兎唱片
- 地下社會
- 高円寺『渡り鳥文庫』 ガード下にある本の無人リサイクルスポット
- あこくその心も知らず梅の花/松尾芭蕉
- vernacular (この土地の生活に根ざした固有)
- 陶芸家 伊藤慶二
- 東路や都の空の恋しさに更けて眺むるよなよなの月/東常縁
- 草も木もうつろひゆけば秋かぜやよにあだ人のこゝろ成らむ/東常縁
- もみじ葉の流るる竜田白雲の花のみよしの思ひ忘るな/東常縁
- 郡上八幡の宗祇水、古今伝授の里
- 大手拓次『藍色の蟇』
- Pastırma トルコの乾燥牛肉
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戦後、シルクスクリーン印刷機「グランド印刷」を開発し、全国に普及しただけでなく、今も20社以上のスクリーン印刷工房がある岐阜県郡上市。(GRAND2022 -GUJO SCREEN PRINTING EXHIBITION)
- シルクスクリーン印刷発祥の地、郡上市
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郡上八幡は、食品サンプルの製造が盛んで、その生産量は日本一を誇ります。(食品サンプルの町・郡上八幡で本物そっくりの天ぷら作りにチャレンジ)
- 作家を大切にする岐阜県の小盆地文化が文芸祭を続けている。
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没有共产党才有新中国,自由不是恩赐要去夺回/起来吧不愿做奴隶的人们,起来反抗夺回自己的权利/打倒红色法西斯,推翻共产党暴政/不要谎言要真相,不要奴役要自由,暴政共产党下台
- ↑重慶
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もともとコムギ畑の雑草であったものが、コムギに似た姿の個体が除草を免れ、そこから繁殖した個体の中から、さらにコムギに似た個体が除草を逃れ、といったことが繰り返され、よりコムギに似た姿へと進化(ライムギ)
所以249
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(世間とは個人じゃないか)(太宰治『人間失格』)
- 文芸県としての岐阜県
- たびねする小夜の中山さよ中に鹿ぞ鳴くなる妻や恋しき/橘為仲
- 弓はりの月のやどれる底をみてなるかの海にあまのいるらん/平祐挙
- 受領歌人/受領層歌人
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安全とされたる街の瓦礫など写真に撮って送るLINEに/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
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「あまりにも生々しい」と拒否された通信社へと送りし写真/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
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夕立去り点字ブロックから光る/なつはづき(『人魚のころ』朔出版)
- 静岡県西部の詩人たち
- 小池鈴江(「浜松詩人」「遠州灘」)→小松忠(「遠州灘」)→鈴木和子(酔芙蓉)
- 後藤一夫、埋田昇二(「鹿」)、溝口章(「鹿」「歴程」)、土屋智宏(掛川市)
- Posłuchaj Świata、20世紀ポーランドを代表する詩人チェスワフ・ミウォシュ Czesław Miłoszについてのプロジェクト
- きてん企画室
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【台風15号】駐車場が浸水した富士山静岡空港(読者提供) pic.twitter.com/U27JqWY5Pj
— 静岡新聞DIGITAL(編集部からおすすめ記事をお届けします) (@shizushin) September 5, 2025 - P5駐車場、今年2月に利用した有料駐車場
-
なお、天災地変や不可抗力による損害については、免責事項となっておりますので誠に恐縮ながら、当空港からの補償は致しかねます。(静岡空港駐車場 冠水の報道について)
- これは天災地変や不可抗力による損害でなければ免責事項ではないということ。
-
第七百十七条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。(民法)
-
第12条 免責 管理者は、駐車場内における車両、その付属装着物又は積載物の盗難、紛失又は毀損につ いては、管理者の故意又は重過失による場合を除き一切責任を負いません(富士山静岡空港駐車場管理規約)
-
頬紅とリップグロスで妹は熟れゆく果実のごとく色づく/馬場めぐみ(『無数を振り切っていけ』短歌研究社)
所以248
- oi-quot mataji by mataji
- 国家記銘院 Instytut Pamięci Narodowej
- ほととぎす銚子は国のとっぱずれ/古帳庵
- 〈スプーンが七本あります/藤原蛍〉(『生活もままならない』)きっと小人を七匹飼っている。
- 〈新しい机になってから青痣が増えた/藤原蛍〉(『生活もままならない』)知らない角と知らない辺が増えた。"携帯"もよく落とす。
- 〈家電の調子と体調がリンクする/藤原蛍〉(『生活もままならない』)家電も体の一部、冷蔵庫は冷臓庫。
-
定型文のコーヒー論の人が苦手で(ゆきCま『珈琲色の何か』)
- ラズ語文法書・草稿
-
英語のzigzag ジグザグはいわば双声の語、pellmell ペルメルは畳韻の語であり(西田太一郎『漢文の語法』角川文庫)
- 繁文あるいは増文と省文
-
世界のひとびとのどんな考えやことばやふるまいも、哲学なのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 群島儒者
- universal 普遍からtransversal 通底(服部英二)へ。
-
実は通底哲学によっても包摂できない世界観が、世界にはたくさんあるのだ。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 普遍哲学にも通底哲学にも非通底哲学にも包摂されない世界観としての群島文明nの哲学
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つまり、「高さの哲学」ではなく「低さの哲学」がより重要なのだ。それが通俗哲学である。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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武家が支配する封建制という兵営国家的統治システム(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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男系の血統よりも家職の連続性を重視する日本的なイエのシステム(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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李退渓への尊崇から生まれた元田の哲学は、教育勅語というイデオロギーとなって朝鮮を全面的に支配したのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- Salon des Refusés 落選展
- 間主観性の文芸であり非実体系の鑑賞をする短歌や俳句には、実体系の作中主体・語り手・作者といった概念はそぐわない。
- 雪屋敷千紘歌集『私の知る海賊たち』
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履歴書にけして書かないことだけが僕を明日へ連れてゆくのだ/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
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異邦人として我が受け取った「不許可」の紙にレモンの香り/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
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人類の星の時間のさみしさを生きるあなたが選ぶシャンプー/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
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祖母もまた巡る季節を生きていた 遺品の辞書に眠る押し花/田中翠香(『パーフェクトワールド』角川書店)
所以247
- 李雨濃
- 白賁の冬
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つまりHSPやCGPの延長線上に、わび・さびはあるのだ。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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〈夢とうつつの区別がつかない〉というのが、無数のフィクションを生んだ京都という都の特徴である。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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〈生はよろこびである〉という世界観よりも〈生は悲哀である〉というそれのほうがみやびである、高級である、上品である、文化的である、というバイアスが、日本群島文明の主流を貫くようになる。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 無印良品は廃盤の恐怖を購買意欲へ変えさせようとしている。
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和歌とはなにか。『古今和歌集』以後の和歌というのは、男が女のふりをして、女の生命感を繊細なことばで表現しようとした芸術だった。『万葉集』との決定的な違いである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候(正岡子規『歌よみに與ふる書』)
- ↑正岡子規の古今和歌集こきおろしと万葉集もちあげは近代日本の礎となった。
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いま、あらゆる局面で、コミュニケーション能力が重視されるのは、ここに要因がある。「分かり合う文化」から、「説明し合う文化」への転換を図ろうということだろう。(平田オリザ『芸術立国論』集英社新書)
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現代の消費社会では、芸術支援をする側と受ける側は対等であり、また交換可能である。消費社会においては、この流動性が確保され、市民の参加の機会が高いほどその活動は公共性が高いといえる。(平田オリザ『芸術立国論』集英社新書)
- 文化行政官
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「顔の公現は、全面的に言語である」(Levinas 1949)。しかしそれは、いかにして言語を可能にするのか。(斎藤環『文脈病』青土社)
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指紋は、照合なしにはその固有性を確認できないが、「顔」の固有性は照合ではなく、直接的な肯定、すなわち確信によってもたらされるからだ。(斎藤環『文脈病』青土社)
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「顔」に「意味」はない。そこには「名前」がある(あるいはない)だけだ。(斎藤環『文脈病』青土社)
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たとえば宗教は世界原理を含みこんで完結したファンタジーとしてみることができる。(斎藤環『文脈病』青土社)
- 犬と街灯 断食月 創刊号
- Lyrikline、ベルリンのHaus für Poesie、ヨーロッパの詩朗読音声集
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すなわち、大陸文明の地であるなら、あたらしい宗教や理念や超越性や普遍性によって旧勢力を打倒する場面において、日本群島では、あたらしい革新的な美意識を劇的に掲げることによって、旧時代の保守的な共同主観という壁を破壊しようとしたのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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蠢爾蠻荊/大邦為讎(采芑)
- 病因論的ドライブ(斎藤環)
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そして「境界例」の孤独と空虚は、われわれ自身のそれと本質的には同じものだ。(斎藤環『文脈病』青土社)
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つまり象徴界において男性は閉鎖集合的な全体性を獲得するのに対し、女性は開放集合的で全体性を保つことができず、したがって「女性一般」なるものは存在しない。すなわち「女は存在しない」。(斎藤環『文脈病』青土社)
- ↑藤田博史「女性同性愛の病理」1993
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美は一方で保守的、権威的、かつ抑圧的な共同主観性だが、他方では乱調であり、反抗であり、新奇であり、破壊であり、加速度なのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
所以246
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日本の表現者は普遍的・一般的・全体的な世界への視座を持つことはなく、自分が所属する閉鎖的で特殊な世界にいつもすでに「組み込まれて」いる。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 有何不平、有何旦夕之危、有何逼迫
- 所向無敵
- 男性と女性の二元論ではなく、勃起させられてしまう性、勃起させる性、勃起にかかわらない性と呼ぶ。
- 北朝鮮の사회정치적 생명체론 (社會政治的生命體論)←ビオスのみ
- 「ゾーエ」zoe、剥き出しの生、生物的な生、「ビオス」bios、社会的な生、政治的な生
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国民が自分の肉体的生命にまったく重きを置かず、そんなものから早く逃れたい、と思うとき、生権力や医療化の勢力は、あっけなく瓦解するだろう。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- Bobelarto
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日本においてご飯を箸で食べる文化は、すでに安定した〈1〉となっている。誰かが二本の木で食べ物をはさんで口に持っていく行為をしているのを見て、驚いたり衝撃を受けたりはしないことになっている。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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今福 踊り場ということの意味は、群島の島渡りの革新的な歩みのあり方につながる。(今福龍太 吉増剛造『アーキペラゴ 群島としての世界へ』岩波書店)
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吉増 龍太さんが受け取られた踊り場、これはいわば、「場所のない場所性」みたいなものです。(今福龍太 吉増剛造『アーキペラゴ 群島としての世界へ』岩波書店)
- アーキペラゴarchi-pelagoとは始原の海、ほかの意味である群島と多島海はネガとポジの関係→反転→踊り場
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今福 非常に核心的なところに入り込んでいますが、傷の群島性、あるいは傷の多島海性というのはとてつもないイメージですよね。(今福龍太 吉増剛造『アーキペラゴ 群島としての世界へ』岩波書店)
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今福 海と陸とが反転するのと同じように言語の大陸性と群島性も、場合によっては同じことば、同じ語彙においてクルリと反転することがある。(今福龍太 吉増剛造『アーキペラゴ 群島としての世界へ』岩波書店)
- 断食月 創刊号 静岡県西部の文芸誌(書肆猫に縁側)
- シカク
- 病雁の夜寒に落て旅寝哉/松尾芭蕉
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今福 「十字路になりなさい」("be a crossroad")という呼びかけが詩の結びのことばなんです。これはあらゆるチカーノの政治的ムーブメントにおける最先端にあって、一番力強い言葉の一つだと思います。(今福龍太 吉増剛造『アーキペラゴ 群島としての世界へ』岩波書店)
- 書くことwritingと車を走らせることdriving→オート・ライティングauto-writing
- marronnage 逃亡奴隷化すること
- ra1m編集長の小泉毅洋さんは海野深一さん。
- ra1mまわりでinstagramにアカウントがあり、毎月6人の詩人を紹介するとプロフィールに書いてあった詩悠会?は忽然と消えた。すでに遥花?さんという方の詩を一篇掲載していたけれど。
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錬金術的変成の輝きを持った「曙光の言語」としてクレオール語を誕生させることは、同時にカリブ海にあらたなクレオール的「景観」を創造してゆくこととつながっていた。(今福龍太『クレオール主義』青土社)
所以245
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「道具」と「道具ではないもの」を分けて世界をふたつに切断することが、道具的文明の行為である。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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大文明は、本来は多重主体である人間を、他者と断絶した個人として改造してしまったので、今度は逆に他者との通路を確保するために道徳という装置を発明した。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- ↑ヒューム、スピノザ
- orangcosong、住吉山実里+藤原ちから
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〈第三の生命〉:あわいのいのち、立ち現れるいのち(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- ↑ネットワークとも言えないか?
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日本群島は歴史的に、海洋性を前面に出すと大陸文明化し、海洋性から離脱すると群島文明化したわけだ。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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朝鮮の日本に対する優越意識は、文明論的なものだった。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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第二次世界戦争の大敗北を経たあとの戦後日本では、平和主義が道徳中心主義的な人文哲学的文明論の中核に置かれ、〈平和主義であることが文明の基準である〉という儒教的イデオロギーが支配した。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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日本群島は、その開放性と閉鎖性をたくみに混淆させながら、かろうじて存続してきたのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 四本島+小ネシア群の集合としての島嶼国日本=日本ネシア・ヤポネシア?
- 浜松市の水窪や二俣もまた島と言える。本島もまた島の集合にすぎない。
- コーヒーポエム
- 織都桐生と桑都八王子と陶都多治見と俳都松山と詩都浜松
- 音声と弓矢という自分の意思の伝達手段、第三の生命
- Carton、島津冬樹、旅する段ボール
- 多夢多夢舎
- ふたつの天平文化の抗争。『日本書紀』・東大寺法華堂・唐招提寺金堂v.s.やまとピジン・やまとクレオールとしての『古事記』『万葉集』
- توحيد、一化の原理と道家の道→朱子学の理
- 三国世界観(朝鮮の除外・韓隠し)→粟散辺土観
- 近年における雲南産珈琲豆の隆盛
- 本地垂迹説:Avatāraアヴァターラ、権現、Avatar
- Гагарин「Небо очень и очень темное, а Земля голубоватая.」
- スペースサイト! 宇宙開発史
- 元寇によって芽生えた大陸文明的な「侵略の文明子」を武士・織田信長から継承して朝鮮出兵をした豊臣秀吉とそんな実体的世界観に抵抗する反実体的勢力としての茶の湯の千利休はいずれ反目する定めだった。
- 世阿弥「金島書」
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大日本帝国の天皇は情緒的には、各家庭の父親ではなく母親と接合していたのかもしれない。日本の戦争は「女の顔もしていた」のである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- ↑双系制の議論を踏まえている。
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普遍的で絶対的な〈第二の生命〉という思想がなければ「侵略」という行為も成立しないのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- 個人の尊厳≠人間の尊厳
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つまり人権と「人間の尊厳」がセットになっていたわけではない、という点に、戦後日本の法的・社会的問題の根幹がある。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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藤原氏が重視した「やまとだましひ」というのは、ひととひとの〈あいだ〉、ひととことの〈あいだ〉の機微を、概念という媒介を経ずに的確に感じ取り把握して臨機応変に対処する能力のことである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- Wplace
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ひとつの統合的な理念によって演繹的に規定されてしまうような単純な道徳に、群島文明nの日本人はつねに疑いの目を向け、それに同化されないようにしてきた、ということだ。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
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だが逆にいうと日本人は統合的な道徳に慣れていないので、大陸文明の道徳に接触すると、いつも、簡単にそれに支配されてしまうという傾向も持つのである。(小倉紀蔵『日本群島文明史』ちくま新書)
- ↑平和主義とかフェミニズムとか。でもそれに疑いの目を向け、同化されないようにしてきた人が必ずいる。
所以244
- ステテコはいた猫
- 短歌時評208回「短歌の破片」詩客
- 瀬下 翔太 / Shota Seshimo
- 批評はプロレス
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なお、総面積は日本の内陸県のうち岐阜県、長野県、山梨県、群馬県、栃木県を併せた面積(約4万1,458km2)に相当する。(スイス)
- ↑すごい良い解説
- 旅の文芸ムック『たびぽえ』(2025後期号)大阪レトロ文学
- 総合文芸誌『LUCKY STRIKE』
- 文芸誌「断食月」創刊号(静岡新聞)
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ただ、あのときは本当に殺されると思ったよ、彼の眼差しにはふつうの酔っ払いとはちがう、なにかを永遠に拒絶し、なにかを徹底的に選別しようとする絶対の尺度があったからね(堀江敏幸「貯水池のステンドグラス」『おぱらばん』青土社)
- 郄疵と郤疵
- 貨幣が人々の信用によって成り立つ幻想ならば、それに打ち勝てる幻想を出せば崩せる。
- 今宿未悠
- 何か小変更を加えたい人は「変えた」という実績を残したいだけで、そのあとに起こる事態の責任はとらない。
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用生何為(「華陽国志」)
- ≒何以N為
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何陋之有(「論語」)
所以243
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遠州地方では、お葬式や法事の引出物に「お平パン(おひらぱん)」という堅パンを出す風習があります。このパンは小判のような形をしたカステラを固くしたようなパンです。 (お平パン)
- ↑飛竜頭(ヒリューズ)≒がんもどきの代用としての堅パン
- 引き金を引く人であるけれど弾丸は持っていない。
- 選挙はこの人になら騙されてもいいという人にしか投票しないようにしている。
- 子育てをしている家ならば、男女共同参画という制度は難しいことに気づくだろう。
- 大家族制ならなんとかなっても、核家族だと難しい。
- 社会実験には検証が必要だ。
- 集客のためのデザインはするな、俺でもできると思わせるデザインをしろ。
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たんぽぽはひとのことばを話す花をとこの素足近づき来たる/永井陽子
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ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ/永井陽子
- Untenor
- 膥=卵
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日曜は七曜のはじめゆゑにまづコーヒーを挽きコーヒーを飲み/永井陽子
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官庁といふ空間のそれぞれのガラスに雲が流れてゐたる/永井陽子
- 教養主義が没落したというより、教養は教養のような雰囲気をまとうものに取って代わられた。
- 楽しいものではなく、楽しく見えるものに塗り替えられた世界で。
- 自分は観客であり自分は投票する側だと思っている人間は、芸術からも民主主義からも遠いまま。
- アーティスト(クリエイター)とそれ以外とが選別された場へなぜ客が来るかというと、いつかアーティスト(クリエイター)として聖別されたいから。
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有献牛、足出背上(『史記』梁孝王世家)
- 済東王劉彭離
- ハイチ、トゥサン・ルヴェチ Toussaint Louvertureの部下がジャン=ジャック・デサリーヌ Jean-Jacques Dessalines
- テツイヌさん、創りたいさんの文化祭TAT-CON/TAT-HON、タトコン/タトホン
- マナー講師のマナーとデザイナーのデザイン、両者とも単なる食い扶持。
- デザイナーが関わっていると明らかになることがある種のメッセージを伝えてしまっているので、デザイナーが関わっていないように見せるデザインがデザイナーには求められている。
- 永井陽子のとかとか国
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墓地に咲くタンポポの数記してのち山鳩色のノートを閉づる/永井陽子
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地の水を一夜のうちにことごとく汲み上げたるがごとき群青/永井陽子
- ARCHIVE
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「過去への遡及は、未来への投企である」(ARCHIVEについて)
- ブラジル日報
所以242
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猶覆卻万方陳乎前、而不得入其舎。(荘子)
- ↑舎が心?
- フェミニズムという社会実験は失敗した。多くの犠牲をはらい、多くの人生を破壊したけれど、実験に挑戦した人々の勇気を讃える。
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神よ/農業が愛されますよう(山尾三省「夕日」『火を焚きなさい』野草社)
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ぼくは ただ在る/ただ在る青いひとつの生態系だ(山尾三省「樹になる」『火を焚きなさい』野草社)
- 月見の里短歌ワークショップ(まなぼっと)
- 地元のものや想いをカタチにして伝えるとき、誰に伝えるのかや何を伝えるのかが明白ではないと中間業者であるクリエイターやデザイナーが文化を搾取しているだけのように見える。
- 自分からサードプレイスや開かれた場を名乗るのは自分から聖地を名乗るのと同じくらい、照れる。
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「おもろ」と聞くと意味が分からない方もいらっしゃると思います。遠州地方で古くから食べられている味付け豚足や豚足の総称です。(肉のむらかみ)
- 磐田市のおもろカレー
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かつて袋井には東洋一と呼ばれた家畜市場があり、その豚足を使い、しみきんの先代大将が沖縄(琉球王国)の歌謡集「おもろさうし(草子)」から命名したそう。(おもろ)
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「おもろ」とは簡単にいうと「豚足」のことです。静岡県の西部では豚足がよく食べられており、しょうゆで煮込んで作るのが一般的です。これを「黒おもろ」と呼ぶお店や家庭もあるといいます。(静岡県磐田市の名物「おもろ」ってどんな料理?)
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当店で使用するおもろは、袋井市神長で50年以上おもろを卸売りしている佐藤さんのおもろを使っています。/佐藤さんのおもろは、手間暇を惜しまぬ丁寧な下ごしらえにより、独特の臭みも少なく、とても身が柔らかく味の乗りも良いです。(永田屋)
- ↑あんこや
- 言葉の情報サイト
- 国立国会図書館インターネット資料収集保存事業
- THÁI DƯƠNG MART、日本初のベトナム系スーパーマーケットチェーン
- NiEW
- マガジン9
- 参政党を支援する人は心の奥底で復讐をしたい、でもその復讐先を明かさないから謎なのだ。
- 彼らの復讐先を言えないようにしてきた人たちがいる。そのため彼らではなく参政党が躍進した。
- 沈黙のちから
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無久慁公為也(史記)
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惡用是鶃鶃者爲哉(孟子)
- 鵝鳥の鳴き声としての「鶃鶃」
















