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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

短歌

盛田志保子『木曜日』書肆侃侃房

〈泡志願少女は波にのまれゆく地に足つけてあゆめる痛み/盛田志保子〉ドキッとする。「地に足つけて」により、生活のために身を売る泡姫を思わせる。〈障子戸が開きむかしのいとこたちずさあっとすべりこんでくる夜/盛田志保子〉元気、いとこたちと遊んで…

正岡豊『四月の魚』書肆侃侃房

海際のカフェで『四月の魚』を読む。〈夢のすべてが南へかえりおえたころまばたきをする冬の翼よ/正岡豊〉はばたきはまばたきとなる。夢と空との浮遊感における相関が美しい。〈さかなへんの字にしたしんだ休日の次の日街できみをみかけた/正岡豊〉「さか…

春日井建「未青年」『現代短歌全集第十四巻』筑摩書房

海際のスナックがカフェになっていた日、「未青年」を読む。〈空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし/春日井建〉美貌は晴れか曇りか。〈啞蟬が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く/春日井建〉「砂にしびれて」の詩的ふるえ…

壬生キヨム『作中人物月へ行く』白昼社

入野町にできたじゃじゃの私設図書館に入ったという『作中人物月へ行く』を読んだ。〈ああこれは昔、郵便飛行士を殺した雨と同じ甘さだ/壬生キヨム〉サンテグジュペリの死を思う。〈大切な日のため持っておくんだよいつも避けてた薄荷キャンディ/壬生キヨ…

吉岡生夫『草食獣第四篇』和泉書院

新年俳句大会で〈ひいらぎの花列島に雲ひとつ/以太〉が会長入選句となったと知った日、『草食獣第四篇』を読む。〈つきあがりし餅の熱さをもろばこに移すつかのま臓器おもひぬ/吉岡生夫〉外科手術で切り落とされた臓器。〈花火より帰れるひとかざわめきの…

土岐友浩『僕は行くよ』青磁社

ただひたすらに眠い日、『僕は行くよ』を読む。〈図書館はあまりなじみのない場所で窓から見えるまひるまの月/土岐友浩〉異郷感の具象としての「まひるまの月」がややSFめいて光る。〈鉛筆の芯をするどく尖らせて「無」と書いていた西田幾多郎/土岐友浩〉…

斉藤斎藤『渡辺のわたし』港の人

中日歌壇と中日俳壇の年間賞が発表になった日、『渡辺のわたし』を読む。〈隣人のたばこのけむり 非常時にはここを破って避難するのだ/斉藤斎藤〉台風でも破れちゃう避難用扉。〈池尻のスターバックスのテラスにひとり・ひとりの小雨決行/斉藤斎藤〉池袋で…

山崎方代『こんなもんじゃ』文藝春秋

「文芸磐田」第46号の詩部門で第二位と知らされた日、『こんなもんじゃ』を読む。〈机の上に風呂敷包みが置いてある風呂敷包みに過ぎなかったよ/山崎方代〉期待はしていた。〈親子心中の小さな記事をくりぬいて今日の日記を埋めておきたり/山崎方代〉小さ…

木下龍也『つむじ風、ここにあります』書肆侃侃房

NHK俳句短歌全国大会から内定通知が来た日、『つむじ風、ここにあります』を読む。〈公園の鉄の部分は昨晩の雨をゆっくり地面に降らす/木下龍也〉そういうことがあるかもしれないと思わせる。「降らせる」が巧み。〈B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとし…

大口玲子『トリサンナイタ』角川書店

サンタクロースへ手紙が届かなかった日、『トリサンナイタ』を読む。〈筆先を水で洗へばおとなしく文字とならざる墨流れたり/大口玲子〉「文字とならざる墨」という起こらなかった未来で規定されるものの描写に興味がある。〈イースター・エッグを包む薄紙…

『東北大短歌 第6号』

事任八幡宮へ行く日、北大短歌でも東大短歌でもない東北大短歌を読む。〈魚ではないもののため海水に近しい味でこぼれる涙/青木美樺〉魚と海水は実景としてはないけれど感情の基底に流れている。〈かんたんにこわせるからだ薬局のまあるい窓に月を見ていた…

今橋愛『O脚の膝』北溟社

浜松市民文芸賞受賞者で競うBUNBUNはままつエッセイの部で入選し「浜松百撰」十二月号に「がんばる坂の家」が掲載された日、『O脚の膝』を読む。〈日本語にうえていますと手紙来て/日本語いがいの空は広そう/今橋愛〉「うえています」に羨望を感じている…

川野芽生『Lilith』書肆侃侃房

ある晴れた日、「Lilith」を読む。〈夜の庭に茉莉花、とほき海に泡 ひとはひとりで溺れゆくもの/川野芽生〉近くの白い茉莉花に遠い海音を聴くかのような思考がある。溺れるのは誰かの言葉ではなく自分のそんな思考ゆえに。〈しろへびを一度見しゆゑわたくし…

初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』書肆侃侃房

小林一茶百九十四回忌全国俳句大会高校生大学生部門で〈雲影は山までつづく夏休/以太〉が佳作と連絡のあった日、『花は泡、そこにいたって会いたいよ』を読む。〈夜汽車 ふみきりのような温もりでだめって言って抱きしめている/初谷むい〉「夜汽車 ふ」で…

奥田亡羊『男歌男』短歌研究社

淡い日、『男歌男』を読む。〈補助輪をはずせば赤き自転車の少女にわかに女めきたる/奥田亡羊〉補助輪を外すと均衡を保つため姿勢がよくなる。〈流木の流れぬときも流木と呼ばれ半ばを埋もれてあり/奥田亡羊〉流人めく扱いの流木。「流れぬときも流木と呼…

山田航『さよならバグ・チルドレン』ふらんす堂

浜松百撰十二月号にエッセイが載ると通知があった日、『さよならバグ・チルドレン』を読む。〈調律師のゆたかなる髪ふるへをり白鍵が鳴りやみてもしばし/山田航〉コンサートではない点がポイントだろう。個人宅であればたぶん無人だろうし、コンサートホー…

榊原紘『悪友』書肆侃侃房

椿大神社の第三十八回短詩形文学献詠祭の結果を知った日、『悪友』を読む。〈店名の由来はスペルミスらしい指先だけをおしぼりで拭く/榊原紘〉おしぼりで丹念に手を拭くことはない。指先だけと鼻とかを拭く、スペルミスするようなオシャレな店でも。〈舌と…

雪舟えま『たんぽるぽる』短歌研究社

そばぼうろの連食性に気づいた日、『たんぽるぽる』を読む。〈美容師の指からこの星にはない海の香気が舞い降りてくる/雪舟えま〉「この星にはない」が奇跡のような修辞として舞い降りる。〈恋びとのうそと故郷の羊肉が星の散らばる新居に届く/雪舟えま〉…

ジェンダーフリー短歌

・に丸つけてみる男でも女でもなく私はわたし/川津寧々*1 迷わず女に○をする無意識に傷つけたこともある手だろう/渡つぐみ*2 二首とも履歴書などにある「男・女」の選択欄についての短歌、「・」はナカグロとルビ。川津は二項対立に反抗し、渡は二項対立に…

小池光『静物』砂子屋書房

とてつもない日、『静物』を読む。〈ひとたばの芍薬が網だなにあり 下なる人をふかくねむらす/小池光〉網棚の芍薬がその下にいる人の眠りに作用していると思わされてしまう。〈チェルノブイリ「石棺」の壁をつたひゆく蔦の青葉よ 青の根源/小池光〉ウラン…

永田和宏『荒神』砂子屋書房

第二十回海音寺潮五郎記念「銀杏文芸賞」の入賞者が発表された日、「荒神」を読む。〈もとめて人を抱きたるのちの夕闇にからすうりは白き花をなげうつ/永田和宏〉「もとめて」の意味深さ、烏瓜の花の妖美さ。〈浜松を過ぎしあたりでバッテリー切れたればさ…

『同志社短歌六号』

〈本棚をまるごと捨てなよバイブルは私と君で十分だもん/池田明日香〉図書館派と聖書派の対立が背景にある。〈父親と食事に来たからスマホ置く 別に会話をしたりはしないが/太田〉人間として太田氏を好きだと思う。〈これは墓標 ジャムの瓶に突っ込んだス…

「土地よ、痛みを負え」「朝狩」『岡井隆全歌集』思潮社

労組機関紙俳句欄で〈梅雨明けやひっくりかえすおもちゃ箱/以太〉が採られていた日、「土地よ、痛みを負え」「朝狩」部分を読む。〈渤海のかなた瀕死の白鳥を呼び出しており電話口まで/岡井隆〉何を訊き出そうというのか。「渤海」の語で電話線は時間と空…

『北大短歌 第八号』

眠れない未明に読む。〈あまりにもでかくて花と分からない壁画を見ていた壁にさわった/山口在果〉捉えきれない大きさを手のひらに感じようとする。〈周辺地図の裏に回ればなにも無い裏に付いてるやぶれた蛹/小田島了〉なんにも無さ兼意味の無さが良い。蛹…

小島なお『展開図』柊書房

浜松駅のバスターミナルを見下ろしながら『展開図』を読む。〈ブレザーの紺に吸われてゆく雪がきみの一部のようだった頃/小島なお〉ブレザーに吸われるのではなくブレザーの紺に吸われるという甘愁。〈頭すこし右に傾く癖いつも眠気は袋状に来るもの/小島…

『関大短歌第四号』

台風が逸れた日、『関大短歌第四号』を読む。〈パセリふるだけで綺麗に見えるでしょう愛してもらうことに決めたの/渡つぐみ〉安易な綺麗さとその安易さで手にする愛、サイゼリヤのような生き方。〈こんばんもシャワーヘッドから溢れる数多の天使に身を濡ら…

『岡大短歌 8号』

竜ヶ岩洞から帰った夕刻、『岡大短歌8号』を読む。〈ポタージュの湯気を見つめて《忘れっぽい天使》のように微笑んでいる/深谷あおい〉《忘れっぽい天使》はパウル・クレーの絵だろう。絵を知らなくても「忘れっぽい」はそれだけで愛らしい。〈かなしみを…

『九大短歌 第十一号』

三ヶ日で朝の浜名湖を見ながら『九大短歌第十一号』を読む。〈神聖な涼める我が家に入るには消毒液で手水するべし/長尾義明〉「神聖な」の諧謔が効いている。〈今日ついに一位になった星占いラッキーパーソン『元カレ・元カノ』/山下拓真〉最後の七音にど…

「O」「斉唱」『岡井隆全歌集』思潮社

朝日新聞に第49回全国短歌大会の記事が出ていた日、「O」と「斉唱」部分を読む。〈街上に白墨の矢がのこりたりいかなる意志を伝へむとせし/岡井隆〉白墨は、黒板というより木材やコンクリートに書かれた工事用の指示だろう。本来はその指示の受け手ではない…

小島ゆかり『憂春』角川書店

楽しい日、『憂春』を読む。〈遠山はいちじく色に日暮れつつそこに谺す川魚のこゑ/小島ゆかり〉川魚の声が谺するのが聴こえるほど色濃い山行の思い出がある。〈下り行くわれの後ろにしばしばも鉄扉は閉ぢぬ夕闇の山/小島ゆかり〉夜という鉄扉に閉ざされた…