Mastodon

以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

毎日歌壇2021年12月6日

伊藤一彦選〈尊敬を出来ない人に恋をしてどんどんわたし年老いてゆく/大石聡美〉老練になるともいう。米川千嘉子選〈真実を暴くみたいに純白の鉄砲百合の蕾がひらく/住吉和歌子〉百合を見るとこの歌を思うだろう。加藤治郎選〈USB端子がうまく挿さらない こういうことで死ぬんだろうか/人子一人〉そうかもしれない、死とは呆気ないものかもしれない。〈路上駐車のミラーに前髪ととのえて二駅あるく浮かれていたい/外川菊絵〉いいなぁ、二駅歩ける都会は。篠弘選〈葉脈より美しき葉を増やしつつ実生のアボカド育ちきたりぬ/木村恵子〉「葉脈より美しき葉」という表現で葉脈と光を濾す葉を思う。

中日歌壇朝日歌壇2021年12月5日

中日歌壇

島田修三選第三席〈デジタルとふ鎧を来たるモーツァルト死語となりゆく“摩り切れるほど聴く”/上竹秀幸〉思うのはレコードかカセットテープか。〈巻貝はコクトーの耳砂浜に少し埋もれで秋の声聴く/滝上裕幸〉評にコクトーの詩の一節。光景が鮮やかに目に浮かぶ。小島ゆかり選第二席〈耳栓の内に冷たき血潮満つ一人ねむれば私はワイン/小林なおみ〉音のなかに閉じこもり熟成される。

朝日歌壇

永田和宏選〈天国の父さんごめん別れたよそれでも麻友は父さんの孫/三浦忠裕〉天国へのメッセージも朝日歌壇へ。〈一隅にポルノ雑誌も並べおき必要悪と老いしや店主/沓掛喜久男〉店主の矜持のようなものを知る。馬場あき子選〈うつ病の都市に一声モズ来たり大気の横糸ききゅっと締まる/しんどう藍〉一億総鬱の世へ冬はくる。佐佐木幸綱選〈トラックの縦列駐車に加わりて海を見ながら荷を締め直す/島田征二〉早朝の引き渡しを待つトラックだろう。高野公彦選〈無農薬野菜つくりし君の身は樹木の下で土に還りぬ/榎本孝〉苗字がいい。

鷲谷七菜子「花寂び」『現代俳句体系第十五巻』角川書店

〈寒林の奥にありたる西の空/鷲谷七菜子〉西は仏教的な西方浄土だろう、そこへ辿り着くには寒林をぬけるしかない。明暗の対照がある。〈流し雛に水どこまでもうす明り/鷲谷七菜子〉鮮烈な「うす明り」の表現。〈孕み鹿のうなづき寄るも重まぶた/鷲谷七菜子〉「重まぶた」はうち重なるようなまつ毛を連想させる。〈曲がるたび音あらためて夕焼川/鷲谷七菜子〉川の屈曲部で音も色も変わるのだろう。〈雛買うて日向を帰る山の町/鷲谷七菜子〉ずっと日向、しかし山の町なので谷間の影がある。明暗の対照がここでも。〈生きものの闇の来てゐる障子かな/鷲谷七菜子〉影ではなく闇だ。存在感そのものとしての生きものが障子一枚を隔ててすぐそこにいる。

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈病棟に孤独の落ちてゐた朝はいちまいの楓のやうに拾ひぬ/渡辺松男〉孤独→楓の転換が鮮やか。〈生は死のへうめんであるあかゆさにけふ青年は遠泳したり/渡辺松男〉遠泳しているかのような息継ぎのような生として捉えた。〈こゑのうらこゑのおもてとひるがへりひるがへりつつもみぢは空へ/渡辺松男〉「空へ」の意外さ。表と裏の表現は〈まぶたのそとまぶたのうちにゆきはふりつまりわたしはもつゆきなのだ/渡辺松男〉も。〈ジョバンニの父のこと気になりながらねむるならくるしまずねむらめ/渡辺松男銀河鉄道の夜、冒頭のジョバンニの父のそれからは、私も気になる。〈一心にむすめのもてるシャーペンの芯のほそさの怖き立冬渡辺松男〉リットウの響きがシャープペンシルの芯の細さにも似て。

 

 

江戸雪『昼の夢の終わり』書肆侃侃房

〈白雲がとてもまぶしい春の日にあなたと椅子を組み立ててゆく/江戸雪〉組み立てるのはなんでもいいけれど、椅子なのがいい。居場所ができるから。〈ストライプの日傘をさして川へゆくときどき風が胸をぬけつつ/江戸雪〉大阪の運河と少し日の強すぎる町並みを思う、工業団地とか。〈降る雪にあしたの傘をかたむけて境界線のような道ゆく/江戸雪〉道は、人と人とをつなぐように見えて、実は人と人とを隔てる境界線なのかもしれない。〈電話してほしいとメイルにかいたあと瓶にのこったアーモンド食む/江戸雪〉青酸カリはアーモンドのにおいという。〈3ミリのボルトは箱にしゃらしゃらと風呼ぶように擦れあっている/江戸雪〉大阪の鉄工場の景だろう。運河の水音も聴こえそう。〈水無月は青い時間といつからかおもいておりぬ麻かばん抱く/江戸雪〉六月ならばその青の感覚はある、麻かばんの手触りにもそれはある。〈誤解されだめになりたる関係を舟のようにもおもう窓辺に/江戸雪〉無重力のように慣性のようにそのまま池面を離れてゆく舟として。最後に好きな歌を一首。

漆黒のぶどうひとつぶ口に入れ敗れつづける決心をする 江戸雪

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

〈癌のなかにゐずまひ正してきみはありゐずまひはかなし杏子のかをり/渡辺松男〉医師は杏林ともいう。最後の「杏子のかをり」の調べにクラっと来る。〈死後の永さをおもひはじめてゐるわれはまいにち桜はらはらとちる/渡辺松男〉数十億年の孤独に。〈黒煙を鴉と気づきたるときに鴉の多さに黒煙のきゆ/渡辺松男ブラックスワンのように黒煙がふっと消え鴉に変わる瞬間がある。〈ひかりほどせつなきものはなきものをみえざる雪を背おふ白鳥/渡辺松男〉見えないものを表現してくれる。〈とうめいなペットボトルはとうめいな水みたされてさへづりのなか/渡辺松男〉囀りのザワザワ感が粒子となり透明になってペットボトルにおさまる。きらきら光っている。〈はつなつのとほいみ空にゐる
ひとが降りてきてここ麦の穂の波/渡辺松男〉あの人にまた会える。〈すでに吾の非在なる世か目のまへのたんぽぽまでが無限に遠い/渡辺松男〉こういう感覚が尊い

毎日歌壇2021年11月29日

篠弘選〈面接に五人の子をもつ女採りき日々行列のできる食堂/鈴木圭子〉女にひととルビ、もりもり食べたくなる食堂だ。伊藤一彦選〈風船が部屋の真ん中漂って答えが出ない私に似てる/村山仁美〉映画の気球クラブみたいな、夢いっぱいで不安で情景。〈街角で見知らぬ犬になつかれて少し自分を肯定した日/友常甘酢〉そういう肯定のやりかたもある。〈凛として意志を貫く皇女には秋明菊の気品ありけり/松本文〉エルフの姫のような気品を持っていた眞子様米川千嘉子選〈次次と個性溢れる子が来たり学習塾の引き際に悩む/本宮菜菜〉嬉しい悩みでもある。加藤治郎選〈所詮みな息をしている骨と肉 やっぱりなにかおかしいと思う/人子一人〉諦念のような懐疑のような。〈光の中ではどう動いてもおなじでわたしたちはとてもきれいな腕を/柳本々々〉闇でもそう言えるのかと考える。〈夜だけのふたりの部屋にあらわれるハノイの塔へ交互に崩す/長井めも〉確かにハノイの塔には棒が三本あるから「交互に」だ。異様さ、がある。

中日歌壇朝日歌壇2021年11月28日

中日歌壇

島田修三選第一席〈モノクロの家に突然色が付く子の恋人の花のスカート/二ツ木美智子〉結婚とかではなく、若い恋人なのだと思う。〈深みゆく秋のあしたの合はせ鏡私の知らない私を映す/冬森すはん〉「これは誰?」とまでは行かなくても変わりゆく季節に変わりゆく私を映す。〈盥ほどの大きな大きな後の月バナナ色して山の端を発つ/鈴木仁〉威勢のいい月だ。〈二人分の茶碗を洗っているきみの後頭部から踵まで見る/伊藤すみこ〉ちゃんと「きみ」なのかをたしかめるように。小島ゆかり選第二席〈口角を摑むかたちで落ちている白きマスクに溜まる秋の陽/加藤重男〉評にもあるけどマスクのかたちの捉え方がおもしろい。〈富士見ゆるアウトレットの巨大尽くることなき欲望のごと/石川休塵〉御殿場かな。

朝日歌壇

高野公彦選〈生きるため必須の知恵のあらかたを学んだ漫画ゴルゴ、カムイ去る/人見江一〉必要なことは漫画で学んだ世代だろう。〈大宇宙の塵にすぎないこの私弓引けば的が響みてくれる/松村千津子〉中てるのではなく中たる。永田和宏選〈頭もたげ国後択捉くわえたる龍の姿ぞ日本列島/緑川智〉昇れ。馬場あき子選〈千年後縄文時代の人口に減るとふ国に放射能残る/夏目たかし〉思考のスケールの大きさ。〈海なぎて風車回らぬ大浜に鷗群れ飛ぶ残照のとき/堀田孝〉風力発電機だろう。佐佐木幸綱選〈チェンソーの木くず吹雪の如く舞ふ揺るがぬ空師巨木を制す/竹内美和〉空師の名辞とともに圧倒的な迫力。

渡辺松男『雨る』書肆侃侃房

週刊金曜日の金曜俳句に〈短調の隣より漏る室の花/以太〉が載っていた日、『雨る』のⅠを読む。〈ゆふかげはわが身を透かし地にあれば枯蟷螂にすぎぬたましひ/渡辺松男〉枯蟷螂に自分を仮託する、その自分、ことわが身は夕影に透けているという。危うい自己像。〈きいんとなにもなきまひるなり 歯の痛みいづるに遠き雪渓ひかる/渡辺松男〉「きいん」「雪渓」と歯の痛みは共鳴しあい、私は奥歯が痛い。〈すれちがひたり くらつとしたる香水に鼻腔のなかのビル群くづる/渡辺松男〉「鼻腔のなかのビル群」にクラっと来る。矜持が築き上げたビル群だろう。〈大き蠅うち殺したりそのせつな翅生えてわれのなにかが飛びぬ/渡辺松男〉魂ではなくとある感情に翅が生えたのだ。〈あぢさゐのやうにふつくらしたきみのひざがしらなどさむい図書館/渡辺松男〉紫陽花に喩えられる膝頭という豪奢。

毎日歌壇2021年11月22日

加藤治郎選〈みかん箱がちょこんと乗ってる室外機長くて楽しい冬のはじまり/おでかけサキ〉冬支度だろう。どこのみかんか気になるのは浜松市民だから。〈過去からの欠片が集う蚤の市 モザイク壁画のレーニンのそば/人子一人〉ロシアの景が珍しい。篠弘選〈いくたびも尋ね来たりし神保町古書店街も変はりゆかむか/小川弘〉また行きたいな神保町、餃子屋とカレー屋と。伊藤一彦選〈皆が皆スマホは当然持つてゐるその前提で世間は回る/市川精二〉ほかに我々はどんな前提を持ち日々を過ごしているのか。米川千嘉子選〈恐ろしい映画始まるその前に結婚指輪のCM入る/堀眞希〉ホラー映画は男女の距離が縮まる、なるほど。

中日歌壇朝日歌壇2021年11月21日

中日歌壇

島田修三選第一席〈ひとところ川面が光る秋の午後さびしき者はここへ来よとぞ/三井久美〉川面の光を声と読む。第二席〈みずからを鼓舞して生きんSLよ汗敢えて乗務の若き日ありき/村松敏夫〉浜松市より、天竜浜名湖鉄道かなと思う。〈木に登る朝ドラヒロインあまたいて各々違う思い出の顔/棚橋義弘〉確かに朝ドラヒロインは木に登る活発な女の子像を押し付けられているイメージ。小島ゆかり選第二席〈二股に分かるる欅と単線のただ一筋を行く飯田線/梶村京子〉評の「縦軸と横軸」は水平軸と垂直軸ということだろう。〈ライオンもペンギンもいた岐阜公園女神の噴水ここで会ったね/番匠洋子〉と〈此処に昔魚市場あり大鯨割かれしことも憶えてをりぬ/真岸米子〉、懐旧、二首とも場所の記憶。具体名があり生き生きとしている。

朝日歌壇

佐佐木幸綱選〈みどり児の腹式呼吸に上下する白熊の柄 星を見ている/北村あゆち〉白熊の絵柄のベビー服だろう。絵本のような話といえば済むものでもない。〈「本人」と大きく書かれたマスクあり選挙用品商う店に/篠原俊則〉虚構でもいいと思わせるおもしろさ。高野公彦選〈投げるのが怖かったという松坂のヒゲには白きヒゲも交じれり/篠原俊則〉松坂世代も老いた。永田和宏選〈父が寝てからの団欒ありしこと湧き出づる寒椿の生家/森谷弘志〉父の悲哀、酔って寝たのだろう。〈生真面目な君の性格災いし僕に付き合うことになったね/近藤史紀〉「災いし」が味。馬場あき子選〈この秋の私の心の湖は少し青みを増した気がする/松田わこ〉生物が少なくなり濁りが消えたのだろう、死への青。

 

 

毎日歌壇2021年11月16日

米川千嘉子選〈ファブリーズせつせと噴霧し禊する平成生まれのあつけらかーん/花嶋八重子〉あつけらかーんが脳に残る。〈つむじ風になればよかった囚われて埋められるならビルのすき間に/横田博行〉なりたいもの、埋められる場所がおもしろい。人間でなければよかった。〈手つかずの栞の紐に出会ふとき図書館の本愛しみて撫づ/中林照明〉自分が手にとらなかったら誰にも読まれなかったかもしれない一冊だと思うと思いが強くなる。加藤治郎選〈なんらかの部品が床に落ちている 僕のではないことを祈るよ/人子一人〉工場の景か。製品の部品を、自分自身の肉体の部品とも読めるように書く愉快さ。〈使いかけのノートの端に描いた絵のような僕を夜に見つけて/世田夏雪〉「僕」の形容が想像力をかきたてる。篠弘選〈じんわりとからだのどこかに残りおり地下劇場での戦争映画/黒木淳子〉過去の思い出だろう。何年も衝撃が残るような戦争映画を、地下劇場で観たい。伊藤一彦選〈見事なる弓張月の窪みなる誰の作なりや売り家の砥石/秋野三歩〉落ちている砥石だろう。売り家の元持ち主が永年鍛えたのかも。〈切ない夜にガソリンスタンドの優しく照らす無人の明かり/おでかけさき〉コンビニとガソリンスタンドは夜の彷徨でふと立ち寄りたくなる。

中日歌壇2021年11月14日

島田修三選第一席〈小春日を「老婦人の夏」と呼ぶ国にアンゲラ・メルケル凜凜と生きたり/山守美紀〉ドイツ語を勉強したくなる。第二席〈風やみてためらひのなき書き順のやうに来たりぬけふの団円/冬森すはん〉硬筆ではなく毛筆。〈音だけをたよりに捜さん錠剤が机から落ち転がっていった/今井久美子〉なぜ灯り、眼鏡をつけなかったし。小島ゆかり選第二席〈ぽつたりのまたはんなりの熟柿ひとつ食べたし明日は手術を受くる/山守美紀〉熟柿の形容、語感がおもしろい。〈シャッターと居酒屋だけのこの道で選挙カーは「必ず」と叫ぶ/倉知典子〉静と騒の対比、気持ちの落差が巧み。〈花に拠り知らぬ同士が会釈する鶴舞公園七面芙蓉/村瀬誠〉鶴舞と芙蓉と字面が豪華だ。

渡辺松男『寒気氾濫』書肆侃侃房

〈約束のことごとく葉を落とし終え樹は重心を地下に還せり/渡辺松男〉落葉で樹の重心が変わるという発想が哀しくも冬めく。〈アリョーシャよ 黙って突っ立っていると万の戦ぎの樹に劣るのだ/渡辺松男〉人が木より勝るとしたら話し動くがゆえに。〈捨てられし自動車が野にさびていて地球時間に浸りていたり/渡辺松男〉投棄された自転車に「猿の惑星」感が出ている。〈樹は内に一千年後の樹を感じくすぐったくてならない春ぞ/渡辺松男〉芽吹きの感じを一千年後の樹と喩える驚き、〈春さむき大空へ太き根のごとく公孫樹の一枝一枝のちから/渡辺松男〉も芽吹きの感じがある。〈残業を終えるやいなや逃亡の火のごとく去るクルマの尾灯/渡辺松男〉終業後の尾灯ほど活き活きしている赤はない。〈君の乳房やや小さきの弾むときかなたで麦の刈り取り進む/渡辺松男〉そして、豊饒へ。〈絶叫をだれにも聞いてもらえずにビールの瓶の中にいる男/渡辺松男〉ビール瓶を一本開けて幻を思うとき。

 

中日歌壇2021年11月7日

 

島田修三選第二席〈投獄のジャーナリスト二百人超黒を黒とは言えない世界/滝上裕幸〉自然状態か国家状態か。〈抑え込み絞めて固めて十文字やっと縛ったダンボールだが/柴田きみ子〉ボワっと弾けた、のだろう。〈くい込みて抜けぬ包丁人質に南瓜野郎を湯浴みさせたる/山川富久〉電子レンジ加熱しておくと切りやすいやしい。小島ゆかり選第一席〈今にしてあれが最後と思はるることを数へて秋は深まる/林映美〉自分にとっては何だろう。人に恋心を抱くことか。〈「十月はたそがれの国」と誰か言う家路を急ぐ人影小さく/坂野真理〉「誰か」「人影」に無数の群衆を思う。〈乙女らの戦のあとの笙の笛歌留多の宮に木の実降りつぐ/中山いつき〉近江神宮だろうか。〈「二年ぶりの運動会です」野良で聞く学校の放送よろこびの声/落合義紀〉歓喜のおすそわけというわけか。