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以太以外

病名は人間性や夕野分 以太

中日歌壇中日俳壇2021年3月21日

島田修三選第一席〈サドルよりゐさらひ上げてペダル漕ぐ少女ひちちかにわれを追ひ越す/高井佾子〉少女は十二単をまとっていてもおかしくない。第三席〈青空に僅かに撓む電線の渡る地の果て遠き旅路よ/植手芳江〉曠野を旅する感がある。〈ローンなどとんでもないの一念で四代住まひそして百年/斉藤佳彦〉消費し廃棄する社会で時を留める生き方を送る。〈仕事胼胝いつしか消えて柔らかな老人の手になりてしまいぬ/宮沢実〉そんな柔らかな手にいつかなりたい。小島ゆかり選第三席〈色違ふ園児を連れて色違ふ園児バスユク新興宅地/馬場泰年〉多様化する社会、違うのは皮膚の色かもしれない。〈ふた筋の飛行機雲が出来てゐて空の匂ひが流れてきてる/福沢義男〉列島と各国を行き交う飛行機はよその空気を連れてくる。栗田やすし選第三席〈吊し雛窓に揺らして操舵室/岡島斎〉朴訥とした顔のとなりに鮮やかな赤の布地の対照がある。〈靴紐を結び直して青き踏む/仲屋三造〉改まった気持ちで春を楽しむ。長谷川久々子選〈寒き日を海へおし出す三河線/水谷静也〉名鉄三河線、気候や世情の厳しさに耐えながら日常を続ける。

第四回浜松私の詩コンクール入賞作品を読む

第4回浜松「私の詩」コンクール一般の部において「薬局にある象の遊具」という詩で浜松市長賞をいただいた。前回に引き続き2回連続の浜松市長賞である。また入賞作を読む。

小学生の部

浜松市長賞の佐野未歩「大きい小さい」は思弁的である。人間と地球と宇宙における大きさ小ささの組み合わせから演繹された思考はやがて微小を考えたライプニッツの大陸合理論へ届く、「私のこの小さな想像も きっと大きい」と。浜松市教育委員会賞の鈴木泉「ふしぎなドーナツの穴」は時間を超える穴として自己の成長を記録していた。

中高生の部

浜松市長賞の野寄幸穂「アイツの中身」はアイツの正体を明示しないパターン、でもなんとなく分かる。静岡県詩人会会長賞の古橋京佳「化け物がやってきた日」その化け物はコロナにも別の何かにも置き換えられる。遠州灘賞の影田れい「命の「おもさ」」は「重さはわからないけれど/「おもさ」はあたたかかった」と言い切れる強さがある。同じ区遠州灘賞の角谷りょう「一日の大切さは同じ」の「いつもどおりの生活をする」もまた強さ。

一般の部

浜松市教育委員会長賞のあさとよしや「先生」は「面白い先生」を描写する、もしかしたら自分のなかにいる先生かもしれない。中日新聞社賞の熊谷有加「こうちゃん」は子どもの作と見せかけて「死にむかって 生きている」で大人としてしっかり生きていることがわかる。静岡県詩人会会長賞の伊藤千賀子「舌にのこるあめ」は「笑う事を忘れた/一枚のセンタクモノになり」が忘れられない。遠州灘賞のleft alon 「意味が消えるとき」は風の街へ私もともに行こう。詩季賞の宮本幸恵「吹鳴(ミュージック・サイレン)」は「今ならきっと/歩いて行ける」が心に残る。

中日歌壇中日俳壇2021年3月14日

島田修三選第一席〈ブラバンロングトーンが溶けてゆぬ 夕暮れ 校庭 三角牛乳/鈴木真砂美〉「ロングトーン」の音の長さと懐古の余韻の長さとが字あきで表現される。第二席〈野良猫がひょいと垣根を越えて来るひょいがほしいな猫と目が合う/森真佐子〉「ひょい」の身軽さは欲しい。第三席〈白衣着たわたくしがいる夢のなかとまらぬコロナ禍「出勤せねば」/郷幸子〉「出勤せねば」の強迫は時間に追われて来た人ならでは。〈ここまでか敬老会の高齢化七十以下の若手がいない/三上正〉「若手」という言葉の相対化。小島ゆかり選第一席〈カーブミラーの中の景色が揺れている今日は強風かがみのなかも/大鋸友紀〉二週続けて「映る」が第一席。歪んだ景色のなかも強風。第二席〈每日があの日あの日になりてゆくあの日あの日の受験、コロナ禍/杉山智栄〉どの日も同じようで違う手触りのある一日だ。〈両腕に大根抱えるこの俺に駅へのみちを訊く旅の人/河合正秀〉小林一茶の句の再現を期待され、句のように応えたのだろうか。〈新社長十一人の男性のずらりと並ぶ紙面見ており/大石知子〉日本のジェンダーの現実。栗田やすし選〈百千鳥島に小さな喫茶店/加納寿一〉たくさんの鳥の声に囲まれた客のいない喫茶店、いても居眠りの漁夫ひとりの喫茶店を思う。大きな景色と小さな事物の対比が佳い。〈林道の開通式や蕗の薹/渡辺一成〉これから人柄行き交う。長谷川久々子選〈信長の最期は悲劇春の雷/浅井清比古〉「麒麟はくる」かな。

吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座

〈いつまでも語彙のやさしい妹が犬の写真を送ってくれる/吉田恭大〉やさしい語彙のひとつとして犬の写真をもらう。〈もうじきに朝だここから手の届く煙草と飴の箱が似ている/吉田恭大〉徹夜明けか早朝覚醒のボンヤリさがわかる。どちらも口寂しさを紛らわす、とりあえずどちらもとるのだろう。〈筆跡の薄い日記の一行をやがて詩歌になるまでなぞる/吉田恭大〉詩歌は薄い文字ではなくある程度濃い文字で書かれるだろう。他人にも読まれるために。〈真昼間のランドリーまで出でし間に黄色い不在通知が届く/吉田恭大〉クロネコヤマトだろう、ランドリーの白もドアポストの白も不在通知の黄色も鮮やかな日だろう。〈読み難い人の名前を間違えてもう下ろせない銀行がある/吉田恭大〉暗証番号のように人名を使ってしまう。しかし現代なら本人確認方法として他人の名前を使うような機械的コミュニケーションもありうる。〈国道に沿って歩けば辿り着く精米機のある場所が郊外/吉田恭大〉精米機はたいてい農協が設置しているからそこが郊外なのだろう。しばらく周りを見回す。すこし寂しい。

西。東日本各地に未明から断続的に非常に強い 吉田恭大

中日歌壇中日俳壇2021年3月7日

中日新聞しずおかの一面に現磐田署長で、東日本大震災発生直後に静岡県警機動隊大隊長だった方の短歌が載っている。〈収容の何も語らぬ亡骸に 水筒の水そっと注ぐ/鈴木宏哉〉。歌壇は浜松市のふたりが第一席。島田修三選第二席〈E線をピチカートする指のごと子らは行きたり遅霜の朝/北村保〉音楽用語を駆使して幼い子たちの足の動きを捉えている。〈海棠の花芽薄赤く出揃へど紅をさす人、人未だ見ず/高井佾子〉文体に関わらず内容は同時代的だ。〈駅前の古き食堂品書きに「二級酒」とあり注文してみる/吉成益人〉その昔を知っている人なのかな。小島ゆかり第一席〈ビルの中にビルの建つごと真昼間のビルは硝子にビルを映せり/酒井拓夢〉まちなかの景だろう。竹のよつに生え、聳えるビルを思う。〈たんぽぽが歌えばこんな声だろう卒園の声園庭に咲く/猪尻栄子〉五感へひびく明るさが園庭に満ちる。ちなみに島田修三選第三席と小島ゆかり選第二席は土岐市の佐賀峰子さん、〈古里産コシヒカリにのせひと文字の饅和へ食めば春めく厨/佐賀峰子〉と〈来し方をどこかに見せて人は老ゆ強き気持ちで弱くなりつつ/佐賀峰子〉。長谷川久々子選第三席〈蒼空を穿ちてのびる凧の糸/金山勝彦〉凧の勢いが人智を超える「穿ちて」。〈春めくや野仏の口薄く開き/山田康治〉呆けたような薄開きが春らしい。

佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』書肆侃侃房

〈秋の日のミルクスタンドに空瓶のひかりを立てて父みな帰る/佐藤弓生〉誰かの父であろうサラリーマンたちが牛乳を飲み干してどこかへ帰る。ミルクの語感と父のギャップが面白い。〈神さまの貌は知らねどオレンジを部屋いっぱいにころがしておく/佐藤弓生スピノザ的な汎神論か、オレンジを神の変状として散らし愛でる。〈遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち/佐藤弓生〉遊園地までのにぎやかなおしゃべり。〈おびただしい星におびえる子もやがておぼえるだろう目の閉じ方を/佐藤弓生〉視界を閉ざすために必要なことはなんだろう。この肉体感覚は〈なんという青空シャツも肉体も裏っかえしに渇いてみたい/佐藤弓生〉の肉体にもある。〈コーヒーの湯気を狼煙に星びとの西荻窪荻窪の西/佐藤弓生〉星びとが隠れ棲むなら西荻窪周辺に決まっている。〈白の椅子プールサイドに残されて真冬すがしい骨となりゆく/佐藤弓生〉劣化した樹脂の椅子とか。〈ひづめより泥と花とをこぼしつつ犀は清濁併せ呑む顔/佐藤弓生〉犀の角のように犀が歩む。〈理容師の忘我うつくしさきさきと鋏鳴る音さくら咲く音/佐藤弓生〉「さきさき」のsk音とさくら咲くのsk音とが響く。〈はつなつのとむらい果ててねむる子の喉のくぼみに蝶ほどけゆく/佐藤弓生〉初夏の葬儀か、蝶ネクタイを蝶とかたちだけで言った。

たいせつな詩を写すごとショートヘアの新入社員メモをとりおり 佐藤弓生

 

 

中日歌壇中日俳壇2021年2月28日

島田修三選第一席〈きっちりと固く布巾を絞りたり不手際ばかりの今日の終りは/永田紀代〉いろいろあっても終わりはちゃんと〆たい。〈とり出した電池の余力なき重み撤回できる発言ありや/外川菊絵〉電池の冷たい重みを手に感じながら日々を思う。小島ゆかり選第二席〈ゆらゆらと雪が舞い散る時短期の居酒屋前を赤く照らして/伊藤敦〉赤提灯の灯を映しているのだろう。栗田やすし選第二席〈ふらここの揺れを残して登校す/野崎雅子〉朝から元気なのは春ゆえ。〈走り根の太き坂道芽吹き山/広中みなみ〉坂道だから走り根は太く張るのか。樹の生命力を感じる。長谷川久々子選〈囀や神木にして連理木/吉村倫子〉「連理木」に木肌の艷やかさを感じる。

郵便配達七つ道具

郵便配達に使う七つ道具を紹介する。


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ボールペン 配達証に署名してもらうときに渡す。局内で書類を書くときにも使う。3色ボールペンを使う人もいる。

ワセリン いわゆる白色ワセリン。冬の手指唇の乾燥防止、ケガの湿潤療法、花粉症防止などに使う。

目薬 目を酷使する仕事なので目薬はよく使う。個人的には赤い目薬が効きそう。

結束バンド ホームセンターで売っていた。なかに針金が通っている。ドアポストなどから誤配した郵便を掻き出すのに使う。

軍手 寒い日の局からとっつきまでの往復時の防寒や局内の力仕事に使う。

情報カード 情報カードをジョッターに入れておく。情報カードに「誤配しました。隣へ投函しておいてください。」や「ゆうパックは隣のお母様へ渡しました」などと書いて投函できる。メモ帳としても使える。

薬ケース 痛み止め(ロキソプロフェン)と絆創膏を入れておく。

『県民文芸』第六十集

ふじのくに芸術祭2020こと第60回静岡県芸術祭の短歌部門受賞作を読む。静岡県芸術祭賞「転移」より〈疲れはて眼おさえる我の背をおずおずと撫ず力なき手が/勝田洋子〉、冷たいけれどあたたかい手だったのだろう。奨励賞「冷蔵庫のなかの空」はもちろん省略、「父の昭和」より〈愛ほしみ育てられたる父なるを継父と聞かされし中三の冬/星谷孝彦〉「中三の冬」という沈黙がある。「西陽の波形」より〈水底を叩いたような紺の靴履いて晩夏の駅舎へ向かう/酒井拓夢〉「水底を叩いたような」から水色の鮮やかさが判る。「県境のスケッチ」より〈県境の字近づきて引売の軽トラは歌の音量上げる/木村德幸〉その実際も過疎地の詩となる。〈蟬の殻つけし鳥居が夕映えて九戸の字を守るがに立つ/木村德幸〉の鳥居の朴訥さもよい。準奨励賞「母の総譜」より〈差し伸べる手は何かしらざらついて薄紙一枚向こうの母の手/太田弘子〉「ざらついて」の感触はいつまでも残る。「天竜川・木火土金水」より〈廃鉱となりて久しき久根鉱山建屋を覆い葛の花咲く/野島謙司〉訪れてみたい。「半透明の世界」より〈時間が止まったゼリーの中半透明の世界で溺れた果実/山形陽子〉きっと蜜色に光る果実だろう。「山旅」より〈富士裾の青木ヶ原の樹海より青葉のさはぐ風の渡り来/鈴木昭紀〉風景が大きい。「父母」より〈九十の母われに言ふひきこもる兄は宝だ大事にしようと/海野由美〉そう言われても、「大事にしようと」という一人称複数が日本の田舎。入選「お地蔵さま」より〈ゆらゆらともじずり草の野を歩くひとりが好きでひとりが嫌で/大庭拓郎〉感情が捩花のように捩れる。「赤児」より〈新生児メレナで赤児の逝きしこと妻には言えず病室を出づ/磐田二郎〉悲壮である。

中日歌壇中日俳壇2021年2月21日

第67回不器男忌俳句大会で谷さやん選と平岡千代子選で〈吹けば児の周りへ集ふしゃぼん玉/以太〉が入選していた。島田修三選第三席〈道三の裔に嫁ぎし祖母の姉穏やかなりき砺波に眠る/佐賀峰子〉評のように道三、砺波も気になるが投稿者の土岐市も想像を誘う。〈あくびして古典文法覚えつつバスから見てた朝の人たち/井戸結菜〉動詞活用のような足取りの人たちだろう。小島ゆかり選第一席〈一週に一首つづけし投稿は我をとうとう百歳にせり/内藤善男〉百歳おめでとうございます。第二席〈正解はわからぬままに躾けたる娘は春に母親となる/森田ちえ子〉たぶんもう正解、島田修三選にも〈十二次となればお昼の用意して在宅勤務の夫と向き合う/森田ちえ子〉が載っている。栗田やすし選第一席〈予備校の昼より灯すぼたん雪/久田茂樹〉螢雪という言葉を連想させる。長谷川久々子選〈エプロンの結び目緩み春兆す/沓名美津江〉だらしなさが穏やかさへ変換される陽気。

銀杏文芸賞短歌の部入賞作

「銀杏」第二十号、令和二年度海音寺潮五郎記念文芸誌に掲載されている銀杏文芸賞短歌部門入賞作を読む。最優秀賞「その日待つ」より〈このまんま落ちてゆくならこわくない屍のポーズのレッスン中に/﨑山房子〉血管瘤の手術へ向けた連作、「屍のポーズ」が面白い。優秀賞「父の口髭」より〈つつましき夕餉に向けば甦る私語を禁じし父の口髭/松永由美子〉薩摩隼人である父の威厳の象徴としての口髭だったのか。優秀賞「八月」より〈戦熄みあの八月の青い空兵器図焼きしことを忘れず/本多豊明〉戦中の記憶を留める連作。以下は佳作、「空はまだ青」はもちろん省略。「群青と雲」より〈七夕に雲に隠れた天の川二人っきりで逢えただろうか/坂本妃香〉の逆転が良い。隠されているけれど自身の恋を感じる連作。「そらまめ」より〈口空けて眠れる夫の虚のなか歯は一本も無きぞ春宵/岸和子〉は驚く、生者とも亡者ともつかぬ。春から夏にかけての連作。「今日の半分」より〈タイムカード通してレジに立つ今日の半分がもう過ぎているころ/吉川七菜子〉徒労感が伝わる。スーパーマーケットなどのレジ係の連作。海音寺賞「無題」より〈生涯の悔の一つに連続の砲撃命ぜしことをもちて老ゆ/針持健一郎〉戦中の罪の記憶。なんのための砲撃だったのか。

ラテン語で短歌は?

ラテン語ウィキペディアによれば俳句はラテン語Haicu (haicu, haicus, pl. haicua, n)である。haicuはcornuと同じ第4変化名詞の中性名詞なのだろう。

短歌に該当するラテン語ウィキペディアのページはないけれど和歌に該当するWakaのページはある。wakaは第1変化名詞の女性名詞だとして長歌はwaka longa、短歌はwaka brevisになるかと思いきや、長歌はそう書いてあるが短歌はtankaとある。確かに長歌は和歌だが、和歌の賞短歌の賞は異なるように現代では短歌は和歌ではない。tankaもwakaと同じ第1変化名詞の女性名詞だろう。

imperator iaponiae saepe tankas scribit. 天皇はしばしば短歌を書きます。

tankasはtankaの対格・複数形である。

 

鈴木ちはね『予言』書肆侃侃房

子規記念博物館へ葉書を出した日、『予言』を読む。〈ザハ案のように水たまりの油膜 輝いていて見ていたくなる/鈴木ちはね〉曲りくねって豪奢に輝く油膜? そういえば、まだ東京オリンピックやっていない。〈どんぐりを食べた記憶があるけれどどうやって食べたかわからない/鈴木ちはね〉遺伝子に刻まれた原初の記憶というより、きっと絵本ですりこまれた記憶だろう。〈炊飯器の時計がすこしずれている 夏はもうすぐ終わってしまう/鈴木ちはね〉炊飯機の時計と夏の果、時という共通項でくくれるんだろうけれど、くくりきれなさが心地よい。この歌集で一番好きかも。〈ものすごい星空の下歯を磨くこともあるのかこの人生に/鈴木ちはね〉人らしく生きられない時代の、人生の星の時間として。〈交番に誰もいないのをいいことに交番の前を通りすぎた/鈴木ちはね〉「いいことに」が非凡。〈パンクしてしまった自転車を遠い記憶のように押して帰った/鈴木ちはね〉「遠さ」は人には理解できない。理解できないそれを触れるモノで表した。〈山眠る よく燃えそうな神社へと人びとの列ときどき動く/鈴木ちはね〉「よく燃えそうな神社」って神社としていいね。きっと初詣。〈パトカーの後部座席の質感をときどき思いだしたりしている/鈴木ちはね〉質感はそのときの感情とかのこと。〈静銀のあずき色した看板のうしろに正月の青い空/鈴木ちはね〉静岡銀行はむかしからお堅い、ほかの銀行よりも堅い。〈地下鉄の駅を上がってすぐにあるマクドナルドの日の当たる席/鈴木ちはね〉マクドナルドという悪所にある幸福の在り処。〈少しだけ未来のことを言うときの痛みのような静けさのこと/鈴木ちはね〉宿命論者になれない僕たちの未来への不確かな悲しさ。〈火をつけて燃やす大夫のアイコスと言えば三人笑ってくれた/鈴木ちはね〉レトロニムの逆かな。

 

予言

予言

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中日歌壇中日俳壇2021年2月14日

中日歌壇に投稿されている高津優里さんがNHK短歌に入選していた。島田修三選第一席〈バイクよりひらりと降りたる青年がヘルメット脱ぎ美少女となる/半田豊〉ヘルメットをとると長い髪が垂れていたら良い。第二席〈海よ鷗よ丘の上の蜜柑の樹よ空に詩集を放り投げし少年よ/八神正〉水平線→空→地上→詩集→少年という画面展開、勢いがある。〈闇からの抜け穴のごとき後の月二人を照らす尾花の土手に/影山美穂子〉酒井拓夢氏のフレーズ「この夜の出口と見紛う丸い月」を思い出す。二人は駆け落ちでもするのか。〈みすずかる信濃より賜びし冬りんご噛めばきりりと入れ歯にひびく/梓由美〉「入れ歯」のオチで笑う。小島ゆかり選第一席〈牡蠣小屋に牡蠣打つ人は息白く手の平に抱く冬の浜名湖/葛谷誠二〉湖の凝縮としててのひらにある牡蠣殻。第三席〈エレベータ開けば間近に表情を置き忘れたるごとき顔あり/半田豊〉半田さん両選者で特選。「間近」なのか。〈八十二歳の父にハートがいっぱいのLINEするわれ四十八歳/大鋸友紀〉微笑ましい。栗田やすし選〈研ぐほどに刃物の匂ふ寒の水/富田範保〉魚屋の包丁を思う。長谷川久々子選第三席〈車イス伊吹颪を押し返す/戸田実〉力強い腕を思う。

盛田志保子『木曜日』書肆侃侃房

〈泡志願少女は波にのまれゆく地に足つけてあゆめる痛み/盛田志保子〉ドキッとする。「地に足つけて」により、生活のために身を売る泡姫を思わせる。〈障子戸が開きむかしのいとこたちずさあっとすべりこんでくる夜/盛田志保子〉元気、いとこたちと遊んでいた頃の思い出が急に蘇るとき。これらのいとこたちは〈甲斐もなく死んでしまったいとこたち青い山道将棋倒しに/盛田志保子〉にも、いとこにはおそ松くんのような群体としての性質もありそう。〈暗い目の毛ガニが届く誕生日誰かがつけたラジオは切られて/盛田志保子〉切れてで七音にとどめず「切られて」字余り。ハッピバースデーの歌でも始まりそうな。〈紫陽花と肉体労働キッチンの床に寝て聴くジミ・ヘンドリックス/盛田志保子〉肉体労働で夏の火照ったからだにキッチンの床は冷たくて気持ちいい。目をつむり音楽を聴く。〈このヘッドホンのコードはみたこともない花びらにつながっている/盛田志保子〉どんな音が出るんだろ。〈春の日のななめ懸垂ここからはひとりでいけと顔に降る花/盛田志保子〉独立不羈の花だろう。〈クーリンチェ少年殺人事件興す青い力のなかで出くわす/盛田志保子〉台湾映画「牯嶺街少年殺人事件」揺れる電球、青い衝動。〈トラックの荷台に乗って風に書く世話になる親戚の系図/盛田志保子〉イランの部族社会に連なる避難民の光景。風に書くのはその連なりがきっと消え失せるから。〈三月のクラリネットの仄暗さやさしい人を困らせている/盛田志保子〉仄暗さは音の暗さだろう。手放しで喜べないような音色の。〈連絡がとだえたのちのやわらかい空き地に咲いたコスモスの群れ/盛田志保子〉空き地は心の空白でもある。

ばらばらにきみ集めたし夕焼けが赤すぎる町の活版所にいて 盛田志保子